ダイモン

ダイモンは、
『ライラの冒険』という物語のなかにでてくる、精霊のようなもの。
動物の姿をしてる。

ライラの世界は、この世界と似ているけれどちがってて、人間はみんな、その人のダイモンをもっている。

ダイモンは人間からはなれることはできない。そのひとの分身で、本質みたいなもの。

誰でもそばに、こんな動物をつれている。








ホロスコープを読むって、ダイモンを知ることだなって思った。

ダイモンは言葉をしゃべれて、以心伝心の友だちみたい。人間よりも直感がするどい。

わたしのダイモンはどんな姿だろう。。
山猫なんてのもいいな。(o^^o)



ちなみに、ライラがつかってる黄金の羅針盤=真理計 は、用途はタロットにちかいと思った。


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技を使う、ということと、
技を使いこなす、というのは、
全然ちがうんじゃないかな、と思う。

わたしが身につけた技は、
洋裁と、星読みと、タロットリーディング、として。

洋裁は、名工になり、技で勲章も授与された先生に習っていた。
おなじ布を断つ、にしても、縫う、にしても、それは私もできるのだけど、
先生が、布や道具の心、とつながっている感覚は、あざやかで、見事だった。

毎日、休むことなく、心をかたむけて、ひとつの技を磨きつづけて会得した境地だから。


星読みも、タロットもおなじ。
何かその真髄というか“ 心 ” に触れる瞬間が、あるのが分かる。
それはただ、記号をあてはめて読んでいるのとはちがう。もちろん直感もあらわれるけれど、それは技としての読解を重ねた先にあるもの。

どんなものでも、ひとつの技を極めていくなかで見いだすのはきっと、ある同じ真実かもしれない。


ムリやり動かすのではなく、布の声をきくのよ、と。
心を静かにして、アイロンの声をきくのよ、とおっしゃった言葉は、精神世界で悟りといわれる観念に通じる気がするから。



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ファンタジー


TEDで才能について語ったエリザベス・ギルバートのプレゼンを以前みたことがある。

創造性を育むには(DisitalCastのサイト:日本語字幕つきです)

その発想をはじめて聞いたときには驚いた。
だけど、理解したあとは、「そうだな、そうだろうな」と素直に思えた。

彼女の小説『食べて祈って恋をして』は、世界的なベストセラーになり、ジュリア・ロバーツ主演で映画化もされた。

そうすると、次の作品への多大な期待や、もうダメだろうというまわりの悲観的な態度、なんかにつぶされそうになる。

そんな自分を救うためにも、才能について、過去の文献や見聞きしたことから、考察を重ねて、ある考えにたどりつく。

天才性(ジーニアス)はある個人のなかにあるわけではない。創造性は、ジーニアスという精霊のようなものと人との共同作業なのだ。


そんな内容だった。

きっとどんな作品でも、人の心を動かすものには、そんな要素があるのだろうってわたしも思う。

とくに、夢中になってしまい、いつまでも胸を離れない壮大なファンタジー作品には、個人の想像力をこえたなんらかの、大きな意識体とつながったものがあるだろうって、感じてしまう。

(もちろん、その大きな意識体とつながり、イメージとして捉えて、たくさんの人が夢中になるように表現する力は、そのひと個人の才能といえると思う。)


そういうファンタジーは、目に見えないものも含めたこの世のなりたちの、たぶん真実にちかい何かを、捉えているんじゃないかな。

その通りのこと、というより、そういう何かのエネルギーや仕組みを、その人なりの象徴やキャラクターをつかって描きだしている、という意味で。


いまさっき『ライラの冒険』シリーズを読み終わったばかり。
どうしても、そんな想いが湧きあがる。

とてもおもしろくて、感動して、余韻が止まらない。

これからもずっと、わたしの胸の奥に、その世界が生きつづけるだろう、って感じる。






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惑星のエッセンスをとりだすってこと


以前、瓶に入った惑星のエッセンスを見たときに、どうやってつくるんだろう?と不思議に思ったのだけど。。


惑星のエネルギーを感じとるのは、占星術をはじめたときから、わたしも試しつつ実感していたこと。

その実感と、エネルギーをエッセンスとしてとりだす、という行為が噛みあって、昨日の夜、腑に落ちた気がする。

とりだす、といっても、エッセンスと惑星はつながったままだろうな。。


瓶のなかや液体にそのエネルギーを転写する、具体的な方法は分からない。

あと、自分のフィルターをとおして受けとめてるところもあるだろうから、純粋さはどうはかるのか、とも思う。
自分の感性の器を、クリアにして、大きくしておくほど、受けとめられる幅も広がるのだろうね。

むしろただただクリアでいて、通すだけ、ということもできるのかな。


分かったのは、そのエネルギーをエッセンスとしてとりだすためには、まずはイメージすることなんだな、と。

頭で考えるんじゃなくて、そのものをイメージして心を寄せていく。

体を、五感を、そして六感以上もひらいて、あらわれた感覚を素直に受けとめる。

そう感じました。






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ガンダルフ

映画『ロードオブザリング』がとても好きなんだけど、登場人物の誰になりたいかというと、だんぜん、、、



ガンダルフ。

(お借りしました)

どこがかな〜と考えてて、
外見も素敵だけど、どうしてもそうなりたい〜ってほどじゃない。

やっぱりあの知識と体験と洞察力かと。

もちろん魔法力もだけど、
(それならハリーポッターにでてくる魔法使いたちはどの人もだし)

だんぜん、ぶっちぎりで、ガンダルフになりたいのは、

ふとしたサインに気づく観察力と、
それを言い伝えや他の出来事と結びつける直観力と、
秘めた意味を探りだす洞察力と、
そんなサインの意味を結びつけられる知識と体験とを身につけてること。

探偵みたいな感じもあるね。



そういう部分をあらわす星まわりは、実はわたしのホロスコープにもある。

やっぱり、そうなりたい、と憧れる人っていうのは、まだ自分が発揮してない自分の秘めた力を映してくれているんだろうな。


最近、占星術のマニアックな研究会でレポートを毎月書いてる。
この探求力がさらに鍛えられてきた。

およそ半年たって、何かがあらわれてきつつあるのを感じる。研ぎすまされてきた、ような。

このまま磨いていったら、ガンダルフになれるんじゃないか、と思う(≧∇≦)。魔法使い、というより探求的に、ね。







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無垢に現実を生きる

わたしの住んでるところでは、夜はもう秋の虫の声がする。

晴れた日の昼間はまだ暑いし、蝉の声もするけれど、夏はもう過ぎていく気配。


さいきんは、「無垢に現実を生きる」のをイメージしてる。

無垢って、思いこみや先入観にとらわれないで、あたらしい体験を受けとめる、ってこと。


ここのところ、“ 宇宙のエネルギーをつながるために無垢になるワーク ” というのを、本を読みつつしていたのだけど、

日常生活を丁寧におくること、
まわりの人や自然に感謝すること、
自分を信頼し大切にすること、
自分の人生を人のせいにしないこと、
自分の痛みを癒して恨みや執着を手放すこと、
今を生きること
直感を生かすこと
すべてつながっていると知ること

などなど。
昔からふつうに大切にされてきている考え方だな、って思う。
悟りって、こんなものなんじゃないかな、と。

心身をみがくのは、日常生活のなかでもできる、ともいえそう。

スピリチュアルって、日常とかけはなれたようなイメージもあるし、実際そういったものもあるけど、わたしは、スピリチュアル=「目に見えないものの存在を感じて生きること」、は生活のなかにあるって感じてる。

だって人は、肉体と思考だけの存在じゃないから。

宇宙のエネルギーとつながる、というと壮大すぎると思うかもしれないけれど、人は自然のいちぶだし、自然は宇宙のリズムのなかにある。宇宙のリズムとつながるって自分自身とつながること。


今を大切に生きよう。
あらためて。







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未来は地つづき


ふっと好奇心で、2058年からきた未来人の預言、というのを読んでみた。
(インターネットのNeverまとめにあったの)

信じる、信じない、と決めなくて、
そこに書いてあることをイメージしてみた。
だいたい40年くらい先の未来のこと。

預言の力はなくても、予想したり想像したりすることは誰でもできる。

そして、
「未来は今の生活の地つづきなんだ〜」という実感がガツンとふってきた。それはわたしにとってとてもリアルだった。預言が、というよりも、現実は地つづき、という感覚が。ショックといってもいいくらいかも。


たとえば、福島の原発の石棺が完成している、という未来があるならば、今、誰かが「それを作ろう」と決めて、予算を手に入れ、材料を集めて、そして現場で働かなければ、この未来はやってこない、ってこと。


自然と調和した循環型の社会システムがあたりまえになっている未来があるならば、

そのシステムを考え、つくり、普及させる人がいて、それを実践するたくさんの人たちいる、という “今” が必要だってこと。


あたりまえなんだけど、この実感はけっこう衝撃的だったよ。大げさかもしれないけど。


未来を予想して行動すること。
この重み、みたいなものが腑に落ちた。

だからといって、すぐに理想的に大胆に行動しなきゃ、っていうより、毎日まいにち、小さなことから大きなことまで、何を選んで過ごしていくのか、重みをかみしめた、という感じ。


その未来人も書いていたけれど、「わたしの知ってる未来と、みなさんの知る未来は違うかもしれませんね。」と。

そうなんだ。
タロットでも、2、3ヶ月先、ながくて6ヶ月先までしか読まないのにも、訳がある、

今の自分の意識がつくる未来は、6ヶ月先くらいまでなのだそう。
自分の意識と行動が変わるたびに未来は変わっていく。



星読みの未来予想も、1年半くらいまで。この未来予想は、今の自分がどうなりたいか、をイメージして実際の行動を決める、まではいるので、6ヶ月より長いけれども、しくみは同じ。

星のうごきは運勢の流れ、という骨組みをあらわすけれど、そこにどんな材料で未来をつくるか、は自分しだい。


なんだかややこしくなってきたので、ここまでにします。

結局、書きたかったのは、いましていることが未来をつくってるんだね〜、という感動、みたいね(*^^*)



新宿三丁目のストリート。40年前はどうだったんだろう。
40年後にまだこのサルスベリは咲いているのかな。
花と壁の、ピンクピンクがかわいい。



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8月の心



おはようございます☆

猫 ばなし、書きたくて、近々できたら今日、書くつもりなのですが、乞うご期待!? (^∇^)



そのまえに、今日の日付をみて、湧きあがる気持ちがあるので、そのことを書こうと思います。





今日は、広島に原爆が落とされた日。

快晴で空からの視界がよかったために、その地が選ばれたのだという。

70年前のこの日、広島では、今日のような空だったんだろうか。。









わたしはこのところ、昭和天皇のホロスコープについてのレポートを書いていた。



サビアン研究のテーマにそって選んだものなので、とくに時期を意図したわけではなかったけれど、書き上げたおとといの夜明け前、たったいまが8月のこの時期だということに気づいて、涙がでた。





戦争の激動のなかで生き、強行的な軍部を止める術をもたないまま、なんとか国と国民を滅亡から守ろうと踏ん張った昭和天皇の存在は、とても大きい。



軍部の一部は、原爆投下以降も、本土決戦をつよく主張した。けれども天皇はつよい意思で戦争終結を説得した。

あのまま原爆をさらに投下され、本土決戦をしていたら、日本は滅亡していただろうという見解もある。



わたしは、政治的な意味や、主義、というものはよく分からないけれども、実際の記録から描かれた昭和天皇の人柄に触れると、心から尊敬と愛情がわいてきた。しぜんに、陛下と呼びたくなった。



自分の家族と国民と自然を愛し、守ろうとした誠実な人。

世界に心をひらき調和する思想をもっていた。

世界の専門家からも高く評価される生物学者、冷静な分析能力のあるリアリストでもある。







質実剛健と明治天皇の精神性をうけつぎ、また西洋の文化に開かれた環境で育った青年は、6ヶ月の欧州訪問をへて、世界との調和の理想を胸に、25歳で即位する。



26歳、昭和恐慌の不況を脱するために大陸侵略をもくろむ陸軍の暴走により、満州事変がおこる。
その後も、515事件、226事件とクーデターがおこるなど、不穏な状況がつづく。

40歳、開戦、

43歳、1945年3月 東京大空襲

44歳、1945年8月 6日、9日原爆投下

8月15日 敗戦 玉音放送、

44歳、1946年 1月 人間宣言。





戦争の激動のなかで生き、痛みと葛藤、そして現実的な判断のなか、いたった確信は、

「われわれはこの犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して、世界平和に貢献しなければならない。」だった。





昭和天皇陛下の太陽のサビアンは、

『飾られたクリスマスツリー』



その心は、



「厳しい冬の寒さのなかでも、その木が象徴としてあるだけで、クリスマスの精神(愛と許し、分かち合うこと、あたたかい家族的きずな)、を思い出すことができる。」







「逆境のなかでも、内面はつねに温かく、祝福に満ちている。最悪の状況のなかでも、また春が来るという確信をもち、忍耐強くのり越える人。」





昭和天皇の抱いた確信は、その場しのぎのものではなく、国の土台を支える精神性の柱のようなものだと思う。今上天皇にも受けつがれている。







昭和天皇実録とホロスコープを照らしあわせて理解する過程のなかで、わたしもこの柱を、心のなかにしっかりと建てられた気がする。



世界の一員としての義務を果たす、国を守る、についても、世界平和ありき、に意図をおいて道を選んでいくのか、それぞれの国や有力者の利益が隠された意図なのか、では、ぜんぜんちがうと思う。



世界平和ありき、の意図をもつことで、ひらめくアイデアや道もあるんじゃないかな。



本気で友好関係をむすぶ政策と工夫とか。戦争で命を失うよりも同じ覚悟なら、その方がいい。



実際に、日本はこれまで技術援助などで信頼を得てきた実績もあると思うから。



そして、目にした8月1日の渡辺謙さんのツイートに共感する〜T^T





話の通じない荒くれた相手が飛びかかってきたら、かわせる力も必要とは思いつつ、その力を身につけるにも世界平和を導くなにかがありたいと思う。





@harryken311: 一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきたこの国。どんな経緯で出来た憲法であれ僕は世界に誇れると思う、戦争はしないんだと!複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う。その為に僕は世界に友人を増やしたい。絵空事と笑われても。





6日の広島、9日の長崎、の原爆の日の追悼とともに、15日の終戦の日、まで(もちろんそのあともずっとだけど、とくに)世界平和のクリスマスツリーを胸に抱いてすごしたい。





長くなったけれど、読んでくださってありがとうございます(^_-)









〜P.S〜



霊視する力があるというかたのブログを、わたしはときどき読んでいる。

内容に共感するところと、興味をひかれるところが多いから。



そのなかの昭和天皇のお話を、以前は好奇心半分で読んでいた気がするけれど、いま、あらためて読むと、レポートを通してわたしが抱いているイメージと重なるので、印象的でしっくりくる。



戦争を止めることができず、犠牲者を出したことへの悔いと償いの気持ちを抱きつづけた昭和天皇の魂は、崩御した後、日本を守る国柱となった。



その姿は龍神となり、世界中の戦没者の魂をお腹のなかにいれて、天へと運んでいらっしゃるのだそう。

(興味のある方は読んでみてください。→伊勢白山道:天皇陛下の思い出昭和の日変わるが生き通しです







「くらしのきほん」


わたしは、いまは少しトーンダウンしてて、

外がわはゆったりしつつ、
内がわでは、自分らしいスタイルのようなものを探っている感じ。

それで、このところ気になるのは、
『松浦弥太郎』さん。

エッセイを読んだことはあったけれど、
昨日、本屋さんで本をみて、
あらためてどんな人なのか知りたくなった。

キナリノ のまとめが分かりやすかったのでこちらに(^^)


暮しの手帖 の編集長に抜擢されたエピソードがおもしろかったのは、こちら

一生懸命な姿からかもしだされる、“ 変さ ” = ユニークさ、人間らしさ、が魅力になる、という考察もおもしろかった。




そして、こんどは クックパッド に移籍して、7月から、くらしのきほん というあたらしいコンテンツを立ち上げたそう。



まったく同じことをしたい、とかこの方みたいになりたい、というのではないけど、
わたしは、こういうスタイルが好きだな〜というのを、いま、しっかり確かめられてる気がする。

日々の暮らしを、ていねいに、
あたらしいチャレンジや発見をしながら、
きほんのところを大切に、楽しく、
みたいな気持ち。


松浦弥太郎さんの本屋は、COW BOOKS だけど、
写真はお馬さんでね


乗馬体験のとき、ルナちゃんとツーショット♪
乗馬も趣味みたいにしてみたい。




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せかい


なにが現実をつくるの?か考えていて、それは私自身なんだな、と腑に落ちたなら、

たとえばタロットリーディングも、星読みも、ほかのいろいろなものも、

自分の内がわを探検し、(自分で気づいているところだけではなく、奥にある意識も)知り、整えていく道具なんだってことも自然に腑に落ちてくる。


わたしが精神世界について学んできた師匠たちはみな、そのひと自身が軸なのだ、という姿勢をもたれているし、そこに共感したからおもしろかった。


自分が軸で、自分が発したものでわたしがみている世界はできあがっている。

だから、究極には、自分がクリアに自分とつなかっていれば、なんの道具も必要ない、きっと言葉も体も、もしかしたらこの世で生きることも!? 必要ないのかもしれないね。


その理解に立ちつつも、わたしはまだいろいろな道具をつかってこの世界を、(つまりは自分自身を)知る旅がおもしろくてしょうがないし、精巧になりたつその道具や仕掛けたちとの出会いもワクワクする。
ときに仕掛けの使い方が難しくて落ちこむこともあるにしても。



これは精神世界、とだけ限定したものではなくて、

見えるもの見えないもの、すべてからなりたつこの世界(つまりは自分自身、ってしつこいかな 笑)を、さまざまな道具をとおして理解するプロセスは、壮大で手のこんだゲームみたいなものかもしれない、よね。

いまの自分の知性や知識を超えたなんらかの しくみ が理論で説明できないからといって、ないことにするのではなくて、

どうしたらこの世を、わたしもみんなも、生きもの、森羅万象みんなが、本気で楽しんで生きていくことができるか、のために使えたらいいなと思う。


なんか最後は大きくなったけど、そんな考えがぐぐぅとまとまってきたので書いてみました(^∇^)







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