電子マネーを使いはじめて感じてること


PayPayを使いはじめたばかり。


きっかけは、毎月、定期的にネットで購入しているものに、

電子マネーが使えることに気づき、


カード決済に何か気がかりがあるわけでもないけれど、


電子マネー決済は、

その場で支払いが済んでしまうのが気持ち良いな♪

と思ったので使いはじめた。


あと、今は5%還元なので、

それが素直にうれしいから(^^)



お金があると、望んだことがすんなり気持ちよくできて、

とても楽しい。



“お金”自体は、本当はエネルギーだと思う。


人が、その人の時間、体力、気力、

アイデア、技術、

美意識、心遣い、

これまで生きてきた経験から得た知恵、愛情、

その方の存在からあふれるエネルギーそのもの、

などなど、

(つまり生命活動そのもの)


をこめてつくり出した物やサービス、あるいは存在、があり、


わたしはさまざまな物やエネルギーを受けとって、

安心や体験や感謝や愛情や悦びを味わう。



そして、その感謝や愛情や悦びのエネルギーを相手に渡したり、

この世の中にアウトプットしたりする。


お金はそのエネルギーを乗せて運ぶ道具。


電子マネーは、物としてのお金:道具を介さないから、

よりエネルギーとしてのお金の使い方が

あらわに見えてくるなと思った。



お金を使うことで味わえる感謝や悦びという

(目には見えない場合も多い)

手に入ったエネルギーにフォーカスするか、


表記される値段(数値)だけにフォーカスしてしまい、

減ったとマイナスを感じ心を萎縮させるのか。




お金の意識については、

長い間すりこまれてきた思い込みがあるから、


苦しまないと手に入らないと思い込み、

減る方ばかり意識して怖がる、


(↑この姿勢へのセラピーとしては、


あるがままの自分を受けとめ寄り添い、

自分の内側にそのままでいられる居場所をつくる。


あるがままの自分で安心して生きること、

心の底からの悦びを味わって生きること、

を自分に許可する。


誰もがそうあるために世の中の豊かさは循環し、

その流れは誰のもとにも訪れている、

(だから本来の自分の望みにしたがう、とは、

この世と調和して生きる、ということでもある。)


ただそれを素直に受けとる。

そして受けとった悦びを素直にあらわす、かな。)



わたしは今の時点では、

怖れに基づく姿勢から、

まだすっかり解放されきってはいないけれど、


苦しみと怖れに支配されて、

生きる悦びを味わうために使えない、

というところからは少しずつ抜けだして、

今はずいぶん脱出してる^ ^




個人がお金:豊かさの意識を変換することが、

この時代の変換期の、

ひとつの大きな舵とり

(どんな未来を望み創りだすのか)になる。


過渡期は混乱することが多い。

今までの形、パターン、安定感(という幻想)を失う

怖れだけにフォーカスせず、


生きるために自然に呼吸をするようなリズムで、

豊かさを循環させる体質づくり、

がこれからの未来への基盤になるんじゃないかな。


これは、再生可能な生き方へつながると思う。



地上に宿る宇宙の神秘


占星術を統計学だという人もいるけれど。

占星術は、統計学ではない、とわたしは思う。


天体、サイン(星座)など、

それぞれのシンボルが意味するものや出来事についての考察は、


少なくとも4000年、

最も古い記録からすると1万年、

の時を経て、

洗練されてきた、という面をみれば、

統計的な要素も含むけれど、


大元の、ホロスコープの構造についての理解は、

宇宙からのインスピレーションによるものだろうと

わたしは本気で推測している。


それが、

星空を見上げる人の頭の中に、

ひらめきのように降りてきたのか、


宇宙人が訪れて教えたのか、

までは分からないけれどね^ ^




昨日はサビアン研究会。


サビアンの構造の、

なんと美しいこと。


そして、宇宙のエネルギーが地上化していくプロセスの神秘よ。



何気なく日常で目にしている人の、

そして自分自身の、

想い、行動、イマジネーションのなかに、

宇宙のエネルギーが宿っている。


それを読み解くよろこび♡




今あるものがちょうどよい


最近、(ようやく?)PayPayを使いはじめた。


シンプルで使いやすくて気に入ってる。


今日は本を買った。


そこでは、PayPayのスキャンがうまくできなくて、


けっきょく、現金で支払うことに。


小銭入れだけ持っていて、

探したら、きっちり30円たりない。。


「あああざんねん〜(-.-)」とつぶやいていたら、



レジのお姉さんが、

「あっ、ポイントがちょうど30円分ありますよ!」

というではないか。



手持ちの小銭とポイントとで、

ちょっきり欲しい数冊分の本の合計の値段になった。

1円もちがわない。


出直さなくてよくてホッとしたし、

あまりにぴったしなのがおもしろかった、というお話し。


昨日の新月の気づきとつながって、

わたしにとって、今あるものがちょうどよい

ってことかもね(^^)♡



体のなかの宇宙時計


今日は牡牛座新月。


新月にむかう数日間はデトックスに向いている。

スッキリして新しいスタート。


新月の時間は11時26分。

そこに考えて合わせたわけではないけれど、

今日はたまたまフォーカシングの日で、


朝、オンラインで顔をあわせてから決めた順番で始めて、

わたしがフォーカシングをして、

そのセッションのふりかえりをし終わって、

ちょうど新月の時間になった。


時計を見て、

なんでぴったりの流れなの〜(^^)♡

と驚いた。


星の動きを知らなくても、

自分の感覚に素直に生きれば生きるほど、

人は宇宙の流れにそって動いてるなぁと、

ちょいちょいこんなふうに確かめがくる。

おもしろいなぁ。



このままのわたし、身体、

今手にしているものたち、

共鳴しあう人たちとのつながりを、

大切に、お手入れをしながら、

それがそうあるように、

イキイキと生かしていく。


より腰をすえてとりくめる感じが、

しっかり身体ごと落としこめた。

よい時間だった♪



雑木林によくあるエゴノキ

初めて咲いた花



飛行機雲


夕暮れどき、ふと空を見上げたら、

くっきりと長い飛行機雲が。


よくみると2本、

あっ、まだその左にもあった、

3本!


と驚いていたら、



さらに、右の下のほう、

山際ギリギリにもう1本あって、


(見えるかな?)



ぜんぶで一気に4本。

びっくり〜(°▽°)


あの山のずっと向こうは、

たしか、鹿児島空港かな。




空いっぱいに、

くっきりと長く白い直線が走るのは、

壮観で、きれいだったよ^ ^




ファニーアップルもオンラインで


今日はファニーアップル活動のうちあわせ。


ほんとうは実際にお会いしてワークをしたいところだけれど、

いましばらくは、オンラインでしていくことになるかな。



さびしさなど、いろいろあるけれど、

今できることを見つけて、

しなやかに続けていきたい。


オンラインだからこその楽しみもあるからね(^^)


自宅でリラックスして、

お好きなものを飲みながら♡

ディープにお話しいたしましょう♪




『ゴッドファーザー』


占星術のサビアンの研究をかねて、

以前から観ようみようと思っていた、

『ゴッドファーザー』をようやくみた。



暗殺、争い、と、

わたしの好みでは選ばないテーマを扱っているけれど、


登場する人たちに人間くさい魅力があって

愛着がわき、


古さを感じさせないテンポで、

とてもおもしろく心に深く余韻が残った。


やっぱり名作と言われるだけあるな〜。



パート2も、

『地獄の黙示録』も観たいのだけど、

レポートの締め切りまでに、

時間と気力が足りないので、

いずれ、の予定に。




『ゴッドファーザー』の中で、

男たちが抗争の作戦を練りながら、

よくふつうの家での食事をしてるんだよね。




ベテランの殺し屋が、

キッチンでトマトを刻みながら、

ボスの若い息子に、

スープの作り方を教えたあとに、

同じような調子で、

初仕事として、

暗殺の仕方を教えたりしている。



裏切り者を冷酷に制裁したあと、

妻に頼まれて買ったケーキの箱を車から取りだし、

崩れないように気をつけて抱えたり。



アットホームな日常と、

非情な闇が混じり合う。




わたしの好みがどうというより、

そういう描き方が、

なんか、すごいなぁ、と。



不気味さ、嫌悪、怖れ、と同時に、

登場人物たちへのシンパシーのようなものも生みだしているのかな、と思った。




*****


オイルサーディンで簡単なサンドイッチにしようと思ったら、


一緒にはさむサラダホウレンソウが、

まるで絵本の中のツリーのようで可愛く、思わずパチリ(^.^)♡






サナギなわたし、そのあと

 

昨日、ああ、わたしはいまサナギの状態なのかもしれない、

と気づいた。

『春になったら苺を摘みに』

 

 

だから、もうあれこれ考えるよりも、

リラックスして流れにそっていこう、と

あらためて思った。

 

 

そして今朝は、

ずっと前から気になっていたところの片づけにとりかかった。

要らないものを処分したあとは、

すっきりと爽やかな気分。

(ハッカの精油をつかった♪)

 

 

昨日のフォーカシングから、

わたしの奥底では、

ああそういう感覚があるんだなと気づいた部分

(フェルトセンス:"感じられた感覚"という意味)が、

まだ動きつづけている。

 

(フェルトセンスは、いったんしっかりと意識を向けられて、

存在を認められ、描写され、変化をしはじめたあとは、

ひとしきりのプロセスを経て、

なんらかのシフトをするまで、動きつづけることが多い。)

 

 

そして、さっきまた、「ああ、そうだったか」

と気づいたことがある。

 

 

「ブログを書く=何か考えや方法を伝える」

と思っていたから、

もう今の時点では書くことがない、と

わたしは感じていたんだろうな、ということ。

 

どういうことかというと、

いまのわたしは、「自分の考えや学んだ方法を伝える」

というより、

 

まわりの人たちに対して、

「今あなたが感じている本当のところを聴かせてください」

という気持ちが強いんだな、とわかったから。

 

 

 

「今感じている本当のところ」、とは、

考えてすぐに言葉で説明できる部分よりも、

さらに深いところで感じていること。

 

(昨日からつづくフォーカシングで、

わたしも自分について考えてもわからなかった部分に、

これまで気づかなかった感覚が潜んでいたように。)

 

 

あたらしい生き方へかわることをうながされているこの過渡期に、

頭だけではなく、

頭も心もふくめた身体全体の奥底では、

みんな、それぞれの中で、何が生まれはじめているのだろう。

それを静かに見守り、問いかけ、対話してみたい。

今のわたしはそこにとても興味があるみたい。

 

 

そういう欲求に気づいたら、

今フォーカシングやNVC(共感コミュニケーション)の

オンラインでのつながりが広がっているのがうなづける。

 

 

この記事を途中まで書いてから、

さっき、NVC共感サークルマラソンに参加した。

 

そして、ちょうど気づいたことを聴いてもらえて、

ふっと心が軽くなって、

さらにモヤが晴れはじめたかな。

よい場だったよ(^-^)♡

 

 

 

 

『春になったら苺を摘みに』

 

すこし前に、梨木香歩さんの

『春になったら苺を摘みに』というエッセイを読んだ。

 

梨木香歩さんの作品でこれまで読んだことがあるのは、

 

『西の魔女が死んだ』

『家守奇譚』

『りかさん』

 

だったかな。

 

おおまかな記憶だけれど、

 

『家守奇譚』は、河童や植物の精が登場する、

幻影のような世界。

 

『りかさん』は、人形に魂が宿る、

日常のなかに影のような妖しさを垣間見る世界。

 

『西の魔女が死んだ』は、

直感力がきわまった超能力って、

誰でも研ぎ澄ませばもっているんだろうな、

と思った、魔女的な祖母と暮らす少女の話。

 

 

どれも不思議な印象があり、

他の本も読みたいなぁと思った、

好きな作家さん。

 

 

 

『春になったら苺を摘みに』は、

これまで読んだ小説の印象とはガラリとちがう

リアリティ、冷静な情熱、を感じさせるエッセイだった。

 

 

ものごとをみつめる澄んだまなざしと、

淡々とした語り口。

 

そのクールさの底に、

人という存在への愛情と洞察が力づよく流れている。

 

 

さきほどの小説を読んだときには、

それほど感じなかったのだけれど、

 

このエッセイを読んだとき、

「こんな文章を書ける人になりたい」と

ハッキリと思ったのだった。。

 

 

 

 

と、話がかわるのですが、

 

 

このブログは、わたしのなかで隠れ家的で、

つぶやきの延長のような感覚ですんなり書けるし、

それが楽しみ。

 

これとはちがう、

活動用のアメブロの更新はいま止まっていて、

 

今日、それをテーマに、

さっきフォーカシングをしてもらったら、

 

また書きたいなぁという気持ちと、

同時に、

今の時点で書こうと思うことはすっかり書いてしまったよな、

という区切り感、

とがあるのがわかったんだよね。

 

 

 

 

 

そして、

思いついた梨木香歩さんのエッセイ話から、

こうして今日のブログをかきはじめて、、、

 

 

いまふっと分かったのは、

 

3ヵ月間ほど、集中してアメブロを書いていたわたしから、

次のわたしへと、

いま移り変わろうとしているまっ最中なのかもしれない。

 

 

ひとつのプロセスが終わり、

次の始まりへと向かう、

無、の地点。

タロットでいえば、フール、愚者。

青虫から蝶になる中間地点のサナギ、ということですよ。

 

なるほどな〜っと、いま書きながら思ってる 笑

そうなのかもね。

 

 

ということで、

わたしの中ではちょっとした手ごたえがあったところで、

今日の記事は終わりにしよう(^^ゞ

 

とりとめがない本日のつぶやきに

おつきあいくださってありがとう♡

 

 

 

 

 

赤いふちどりのバラのかおり


今日はバラのかおりを^ ^


すっごくいい匂い♪


こんな雰囲気のスカートもいいね。