ミル挽き珈琲


コーヒーミルを買った。


とうとう♪

買ったのは1週間くらい前だけど、今日、はじめて使った。

焙煎したての珈琲豆を挽くときから、すごーくいい匂いで幸せ♪


ドリップコーヒーの香りはアロマテラピーみたい。

これがほしくてコーヒーを淹れているようなものだなぁ、と最近気づいた。

だから、せっかくなら、すでに粉にしてあるものよりも、挽きたての豆で淹れたいわ♪ と思ったら、どうしてもミルが欲しくなり。


あれこれミルをみて探すのも楽しかったし、ほどよい大きさ、シンプルさ、質感、とってもお気に入り。

そんなこともふくめて、

ゴリゴリ豆を挽く音、
香ばしい匂い、
そしてお湯をそそぐときにぶわんと広がるアロマ、
手をつかうこと、
ゆったり時間を過ごすこと、



このミルは、コーヒーをさらに美味しく飲む道具。

そして、ただそれだけじゃなくて、今のわたしの心地よさ、楽しみ方、そのものを象徴してる、って思う。

どうしてカラスなのかな


フォーカシングで見つけた、わたしのダイモン。

左の肩にはカラスがいる

タカやワシのイメージもあるから、わたしのマヤ暦のキン、『青い鷲』のことを思いだした。

だけど、鷲ではなく、どうしてもカラス寄り。
鷲っぽいところはあるにせよ。

なんでかなぁ。。




たぶんカラスは、人間の暮らすところにいるから。

空の高みから見ているのではなく、人の生活に触れてる感覚がカラスなんだ、きっと。


ゴミをあさるのは困ったもんだけど。。


毎日、ご飯をくれた女の子に、ボタンとか光るものをいくつも、プレゼントしにきたカラスのエピソードが好き。

左の肩にはカラスがいる


おとといのフォーカシングで、わたしの中の金色のおサルさんを見つけた。

フォーカシングのセッションが終わっても、カラダの内がわでは、いったん動きだした感覚がまだ動きつづけている。

帰り道、電車の中で、ボンヤリとその動きを感じていた。

ニューフェイスのおサルさんの定位置は右の肩みたい。

そして、左の肩には、カラスのような鳥がいるのに気づく。

とはいっても、この鳥の存在は、前から知っていた。

「何となく、わたしのダイモンはカラスのような気がするわ」、とか、ファンタジー好きの友だちと話していたりして。

ダイモンというのは、『ライラの冒険』にでてくる生き物。
その世界では、人はみな自分の分身のような動物をもっている。(ダイモン


左の肩の鳥は、カラスにそっくりだけど、そのものではなく、青味がかった黒い色をしている。
タカとかワシの雰囲気もあるかな。

まわりで起こる出来事にはあんまり興味がなくて、ある目的(たぶん使命や役目と言いあらわせるくらいの)にかかわることだけに反応する。

その心は深い濃紺の空、漆黒の宇宙に向いていて、何か(サインのようなもの?)があったら、まっすぐに、素早く、鋭く、星のあいだに飛びこんでいく。

青みの黒い鳥には、金色のサルよりもなじみがあり、わたしはこの鳥が星の間に飛びこむとき、運命を共にするんだ、と思う。

このイメージは、重々しく、深く、遠い何かとつながっている。



いっぽう、右の肩に気持ちをうつすと、晴れた日の陽射しのような顔をしたサルがいて、ウキウキとまわりのモノをいじっている。

そして、鳥の方の肩の上に手をのばして(そちら側はロイヤルブルーの星空)、星をまるでクッキーのようにつまみとり、パクリと食べたりする。
幸せそうに。



こんな感じで家にもどると、わたしの内がわで、「すぐに眠った方がいい」、とささやく何かがあった。

疲れて眠たいのも確かにあったし、エネルギーや意識が変わる時、“ 眠り” が、促進や仕上げみたいに働くのも知っている。


そして、眠った。

起きた次の日から、いつもの肩の凝りが軽〜くなっている。

わたしの内がわの何かがゆるんだんだろうな。

青みの黒い鳥のことに集中していた時には、緊張感や目的意識が主だったんだろうなって気がする。

そこが一段落したから、サルが遊ぶよゆうが生まれたんだろうな。


2日たって、つらつらとそんなことも分かってきた。


わたしのなかのおサルさん


今日は、フォーカシングの勉強会。


(フォーカシングとはこんな感じのものです
言葉とカラダ

わたしの中の

わたしはけっこう久しぶりの参加、3ヶ月ぶりくらいかな。

フォーカシングをすると、自分のなかの思わぬ何かを見つけたりする。

これはほんとにおもしろくてドラマチック。

今日は、わたしは、自分のなかの、サルを見つけた。

金色で、楽しげで、遊び好き。
けっこう賢そう。

興味をもったこと、器用な手先で試して遊ぶのが好きみたい。

このサルがあらわれる前、わたしは自分の胸のモヤモヤをあつかっていた。

モヤモヤだけに、重い感情があらわれるのかと思いきや、サルに気づく前にあらわれたのは、キラキラと輝く真っ白なスクリーンだった。

そして、胸のおくに踊る、期待感。


サルになる以前のその何か、は、輝くスクリーンの光がとどかない、斜めの陰のなかにいて、ぼんやりとグレーで、泣きたい気持ちを感じさせた。

わたしはフォーカシングでそのグレーの何かによりそおうとするけれど、近づかせてもらえない。

でも、「そうか、そこにいるの分かってるからね、また来るね。」と話しかけてから、立ち去ろうとすると、それはふっとわたしの懐にやってきて、赤ちゃんのようにつかまった。

しばらく抱いてるイメージがあって、気がつくと、金色の楽しげなサルに変わっていた。


これが、わたしの一部だって分かる。

こういう面を、これまでは斜めの陰においてて素直にだしていなかったんだろうね。

このサルがいま、わたしの肩にのっている。(イメージでね)
これからどんなふうになるのかな。
と楽しみ。

わたしの根っこ

今夜、19時30分に、太陽がおひつじ座にはいって、春分。
あたらしい1年がはじまる。


昨日は、家族みんなが集まった。
たぶん、10数年以上ぶり。



わたしにとってこの1年間は、体質改善もふくめて、ムリをしていたことを手放して、心地よいもので生活を満たしていく、時期だった。

とくに、冬至からの3ヶ月は、強烈にまた症状がでたり、かなり徹底的なデトックスだったなぁと思う。



家族みんなで集まることが決まる前から、わたしの家族に対する感じ方がかわってきてた。

わたしは、この家族という根っこから伸びた茎のひとつなんだなー、って素直に思えるようになった。

ガマンをやめて、のびのびするようにしたら、だんだんそうなってたんだな。
からまっていた重たい感情を、解くために必要なツールとも出会った。


これまでは、というと、サポートしてもらってることは頭では分かりつつ、どこか寂しさや、離れた感じがあったと思う。



集まって、あいかわらずだなーのみんな。

懐かしさと安心感がすぐにわたしを包む。

そして、息苦しく、モヤモヤしていた気分も思いだす。
それぞれの個性がぶつかって軋(きし)み、モヤモヤを生む時もあるから。


だけど、わたしはもう、自分の心を守ることができる。


今のわたしは、心地よいものを選びとると決めている。


昨日の夜も、兄弟や両親と話しながら、ある場面では、心地よくない自分を見つけた。

ゆれる心に寄りそいながら、その当時の自分の感情を味わった。
理解したこともあった。

家族の圧迫感に飲みこまれず、ほどよい距離感でいられる、自立した今に感謝もした。


過去から浮かびあがった息苦しい靄(もや)が晴れたいま、わたしはさらにスッキリと自分自身になれたみたい。


あと数時間で春分で、あたらしい流れがはじまるところ。

心地よく自分で在ろうと決めたわたしの意図。

心と体にセットされた潜在的な時の流れが、その意図にそったものとして現実になり。

その過程は、頭ではコントロールできない。
頭では、もっと早くとか、焦るけど、心と体は分かっている。

そして、その時刻表は天空の星のうごきにもあらわれている。

なんて神秘的で、調和した、自然の力だろう。。




**********


家族での食事会のまえに寄って、ゆっくり過ごした絵本館(いたばしボローニャ子ども絵本館)で、惹かれた絵本の表紙。


マダム・バタフライ

変容の蝶々、だね〜(^^)


絵本館のてまえに、綺麗な神社があったので、お参り♪

小さいけれど、賑わってた。
過去をクリアにするのに向いた場所だったみたい。

ありがたや☆


食事が終わって、気持ちよい風がふく、川ぞいのステキな遊歩道を歩いて帰る夜。

みんなで集まったのが楽しくて、うれしかった甥が、
「僕、この家に産まれてよかった。」と言う。

そうだね、わたしもいま、そう思ってるよ、言葉にしてくれて、ありがとう。


中原中也を読む、甥っ子、14才☆

本質で生きることと、幸せを感じる心は、イコールではない


サマセット・モームのことを調べてる。


世界的な作家としての名声や地位、

晩年にもティーンエイジャーからファンレターが届くほどの廃れない人気、

莫大な富


献身的につくす、伴侶であり秘書の存在、


ぜいたくで快適な環境、


を手にしているにもかかわらず、晩年、狂気ともいえる皮肉さで自分の人生の虚無感を嘆いた。


暗く、何かに取り憑かれたような顔をして。



幸せを感じる心は閉じたままだった。


10歳で孤児となったこと、

どもりでいじめられたこと、

優秀な兄へのコンプレックス、


生前、財産を使い果たし、死後、子供たちを貧乏な生活へと突き落とした父親への不満、


セクシャルマジョリティーであったこと、その時代には今よりも隠さなければ糾弾された。

などなど。

ネガティヴにするものはいろいろとあった。


彼の成功を導いた動機は、なにかを見返したい、という復讐心だったのか、とさえ思う。


もともとそこからはじまることは、誰にでもあるとしても、途中で解放されたり、変容したり、するチャンスもつかまえられなかったのだろうか。


というようなことを考えさせられる。


そして、気づいたのは、


まず、動機はネガティヴでも、本質をいかして生きれば豊かさは手に入る、ということ。



作家としてのモームは、その観察力、表現力を存分にいかして活躍した。



次に、幸せを感じる心は、本質をいかして生きる、こととは別なんだ、ってこと。



これは、“ お金や名声があると、精神的に貧しい ” というような形式的な考え方のことではなくて。



お金と名声をもちながら、心豊かに生きる人もいれば、そうでない人もいる。


お金と名声がなくても、心豊かに生きる人もいれば、そうでない人もいる、から、決めつけることはない、から。



動機がネガティヴでも、自分のもつ質をいかして生きれば、豊かさは手にはいる。


動機がネガティヴのままだと、せっかくの豊かさも幸せと感じられない。


病気や困難など、軌道修正が必要だというなんらかのサインがあらわれて、挫折と感じることもあるだろうな。



幸せを感じることを阻む思いこみがなければ、さまざまなことから幸せを見つけることができる。


その状態だと、自然に本質でいきる道を選びやすいから、豊かさも手に入れる。


ただ、本質で生きる道を選ばず、自分本来の生命力を発揮しなかったら、物質的な豊かさを手に入れにくいのかもしれない。





できないことは、しなくていいから

できないことはしなくていいから、

と、ときおり心の中で自分に言い聞かせるの。

ときと場合によっては、なんともふさわしくない気がするけどね、たとえば、新しいことを覚えようとしてるときとか。



なにごとかに、とりかかろうとしてる私。

でも、でも、あんな風にできない、
ここんとこ、自信ない、

もう少し、調べた方がいいかもしれないぃ〜。。

と気弱なつぶやきが胸に浮かんでくるときにつかう。


「できないことはしなくていいから、」

「いまできることをひとまずやってみなって(^.^)」って。


けっこう気がらくになる。

はじめて思いついて自分に言い聞かせたときには、すごい名言や!って思った 笑。

ひとまず手をつけてしまえば、あとはスルスルーっと進むときもあるしね。

進まなくても、すこしできただけでも、ぜんぜん手をつけていないより、ずーっと落ちつく。





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たんぽぽのお酒、とカノン

することたくさんあるんだけど、、


どうしてもレイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』という本が思い出される。
子どもの頃から大好きな本。

それでブラッドベリ自身が書いた『たんぽぽのお酒』についてのエッセイを図書館で借りて読んでみる。


そして、そのあと、パッヘルベルのカノンが聴きたくなって聴いている。



たんぽぽのお酒、と、カノン、は、わたしの心の奥の、おなじあたりに触れるみたい。



遠いようで、手を伸ばせば触れられそうな、熱い陽射しにきらめく記憶、の扉をあけるような。



エッセイのなかで、たんぽぽのお酒について語るブラッドベリの表現も、あ〜いいなぁ。。



“ 『たんぽぽのお酒』は何ぞやというと、すなわち「大人の身体に隠れた子供」が、神の草原で遊びながら、過ぎた昔の八月の芝生に帰って、これから育ち、年をとり、木陰にひそむ暗闇が血液に入りこもうとしているのを感じるところ、という話なのである ”

(「ビザンチンチウムとまで行かずともーたんぽぽのお酒」『ブラッドベリがやってくる』収録)





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物語が私を呼んでいる


なんとなーく。
ほんとに、なんとなく。

いまここにない何かを求めてる。
胸の片隅に、ポカリと空いた穴があるような。

それは、さびしさではなくて。

何だろう…と考えていたんだけど。

いまさっき、これは未来から呼ぶ声、なんじゃないか、と思った。

未来の自分が、呼んでいる。
まだ何かわからないけど。

遠い憧れ、みたいな。

それはもしかしたら、今日の占星術ワンデイ講座の、裏テーマだったかもしれない。
(表のテーマは、ホロスコープの読み方と自分を知ること、ね(^_-))


もう、待ったなしで、本来の自分の道を進むこと。

そんなムードがあったんだよね。


いますぐできること、私のは何だろう。


星が降るように見える場所に行くこと
星空を観測すること

星の物語を紡ぐこと

手仕事の時間を増やすこと

家でゆっくり過ごすこと
もっと自然の中で過ごすこと




少しずつ、実現していこうー。


いつか、じゃなくて、もう自分の物語を生きる時、がきてるんだろうね、みんなね。


自分の物語を生きる、というと、壮大で難しくも思えがちだけど、いま求めていることに気づいて、できるところから実現していく、それでもうはじまってる。 そんなことを確かめた、今日の集い。





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冬至のデトックス


気持ちのよい朝。


おとといから昨日までは、鼻がグズついて、頭はボンヤリ。
肌の調子もけっこう悪くなってたけど、だんだん復活してきてる。


悪化じゃなくて、デトックスだったと分かるのは、その前より、いまは気分も体調もスッキリしてて、意識がいちだん上がったように感じるから。

エネルギーが切り替わるタイミング、星もそういう動きをみせ、体も心も、同じように動いてるんだなーと、ハッキリ感じられるの。


写真は、昨日の夕方。
龍雲てこんな感じ^ ^?





冬至から、3ヶ月間のすごし方、書いてみました☆

好奇心、遊び心から生まれたものを、実用的に使っていく