踊るファッションショー♪とか、馬とか猫とかつれづれ

 

めっちゃ素敵なツィートみつけた(#^.^#)

 

踊れるっていいな〜。

肌の痛みがなくなったらダンス習いたい。。

 

このまえは乗馬もしたいな〜と思ったんだった。

 

体調にだんだん余力がでてきたのか、いろいろしたいことの夢がふくらんでいるこのごろ♪

肌の調子がすごくしんどいときには、最低限の必要なことだけでもういっぱいいっぱいで、ほかに何かしたいなんて思えなかったもんな。

 

このまえ子猫を飼いだした友だちの家にも遊びに行きたい。

彼女のところはもともと二匹飼っていたから、いまや四匹( ゚Д゚)...笑

ちっこいうちにいけたらいいな。

 

ネコ科の動物って、霊的な生き物だそうな。

最近読んだ本に書いてあったの。

”そばにいると霊的な結界となってわたしたちを守り、感覚の強化を助ける” そう。

うん、わたしは信じるな。

 

わたしは犬も好きだけど、犬は地上のものって感じする。(それはそれでとてもかわいい)

 

猫は宇宙から送りこまれた生物と言われれば、そんな気もするしW

 

 

*****

 

 

9月の星読み、アップされました♪

https://ameblo.jp/kunitachihappyspot/entry-12517964695.html

 

乙女座シーズン、日常を楽しむ時ですね。

乙女座パワーが強すぎると、細かく厳しい気分にもなりやすいから、ほどよくいい加減に力を抜くのも必要ですね(^-^)

猫をなでるなんて最高のリラックス。

 

 

 

MBTIのタイプ論


今日は、オンラインで、MBTIタイプベーシック講座をうけた。


M:マイヤーズ

B:ブリッグス

T:Type

I:Indicator


マイヤーズさん、ブリッグスさん(母娘)がつくった人のタイプの指針


人の心がどんな表現への衝動をもつのかを、16タイプでしめし、自分やまわりの人たちを理解する指針にする。


あなたはこういうタイプね、という診断ではなくて、いまのあなたの心はこういう指向を示していますよと、理解しあうガイドにつかうもの。


わたしは占星術をそういう指針につかうので、またちがう方法でのアプローチを知るのはとても面白かった。


占星術でくわしく読み解く人の資質が、まとまったような形で、MBTIのタイプに現れている気がした。


わたしは、ENFPタイプ。


E:外向:人々やものごとといった自分の外の世界に興味関心を向ける傾向


N:直観機能:パターンや全体像を通して情報をとりいれ、将来の可能性に注意を向ける傾向


F:感情機能:自分の価値観やひとの気持ちに焦点をあてて判断する傾向


P:知覚的態度:臨機応変なアプローチを好み、さまざまなオプションを広げたままにしておくことを好む傾向


あ〜ほんとにそうだなぁというところと、


これもあてはまるけれど、そうじゃない方もわかるな〜という中間な感じとか、グラデーションはあるけれど、総合解説はとてもしっくりきた。



ほかに5人の参加者がいて、みんなちがってて、ワークで、タイプがちがうひとの反応をみると、そんなにちがう感覚なんだぁ。。とあらためて思ったな。


みんなそれぞれちがう。

その理解と尊重から、そして伝えあう工夫から、調和ははじまるんだろうね。


すごい♪まるで絵に描いたようにみえる空の色と雲。


心を解くもの


わたしのしている心理占星術のご相談では、ホロスコープからその方のもつ可能性をお伝えすることも大切なんだけれど、そのまえに、生まれ育った環境のなかで、身についてしまったネガティブなパターンに気づき、解いていくこともとても大切にしている。


これはタロットリーディングでもおなじ。


我慢しすぎるとか、無力感だとか、過剰に無理をしてしまうなど、苦しみを無意識につくりだしてしまうパターンにとらわれていると、本来ならば自然にわきあがる、イキイキとした生命力や、創造力や、愛する気持ち、が抑圧され、素直にあらわせなくなってしまうから。



過去に身につけてしまった苦しいパターンを解くとき。


苦しかったことを思い出し追体験するのはおすすめしない。

追体験では、むしろ痛みがまたあらたに生まれてしまう。さらには、苦しいパターンが強固に残ってしまうこともある。



そうではなくて、その時に自分が、こういう風に感じていたんだね、と感情をあるがままに認めて寄りそう。


(その感情は、悲しみや寂しさのこともあるだろうし、もっと細やかに自分の身体にしっくりくる言葉を探る。)


ただそれだけで、過去からずっと心の底に残っていた感情は変化していくものなんだよね。


その悲しみが一度の受容ですぐにすべてが癒されないとしても、あるがままに、そこにあることを認めて、寄りそう、を繰り返していくうちに、やわらかく解けていくの。


これはわたしはフォーカシングをとおして、徹底的にやってきたし、今はその習慣が身についたので、なにやら悲しくてモヤモヤするときには、いつでも丁寧に自分の心に寄りそう。



人の心はいつもコロコロと動いているもの、だから心というんだとか。


誰の心も、楽しさやうれしさを感じ続けるように、悲しみもせず苦しみもしないようになることはない。


(とても強いショックを受けて、なにも感じないようにする、場合はある。その場合は、なにも感じない、というのがうわべで感じていることで。そのうわべの蓋の下には、かなり深く重い“感じ”が閉じこめられていることになる。)



悲しみや苦しみが生まれたとき、それらを抑えこんでしまったり、過小評価したり、なかったことにしたり、ねじ曲げて受けとったりせずに、心がモヤモヤしているときには、そのままに認めてただ寄りそう。


そうすれば、必要な時間をかけて、痛みはしだいに解けていく。解けきらない部分があったとしても、それにふりまわされずに、しなやかに扱えるようになる。


(強く印象に残る出来事にまつわる感覚が、すっかりなくなるというケースはあまりなく、ただ、生々しく固く絡まっていたものがやわらかく解け変化したり、すこし離れてみることができるようになったりする、のだと思う。


だから、すっかり癒して手放そうとか力む必要もない。ただ生々しく同化はしないだけ。


心の中に居場所をつくってあげて、“それ”が呼ぶときには、いつでも寄りそう。自分の中に、そういう悲しみや痛みの居場所を持っている人は、優しくなるのかもしれないね。)



そうすれば、いつまでも悲しみにとらわれ続けずに、軽やかに、今を大切に生きていけるってこと。


いまイキイキと感じている、持って生まれた力を試す喜びや、大切なものたちに感じる愛おしさを、そのままに育み表現できる自分でいたいから、わたしは、フォーカシングを身につけて本当によかったな、幸せだな、って思う。



ウィリアム・モリス



娘さんと美術展にいくのが趣味のお友だちが、「そういえばいま県立美術館であってるデザイン展が良さそうよ」と言っていて、そうなんだぁとなんとなく調べてみたら、ウィリアム・モリスじゃないか、行かなくちゃ!(今書いてるレポートが終わったら。。(;▽;))


ウィリアム・モリスは、ひと昔前の人だけど、いまでも壁紙やファブリックが人気で、ファンもおおい。



生活と芸術を一体化させようというアート&クラフト運動のはじまりの人で、モダンデザインの父とよばれる。


わたしは、壁紙などはなんとな〜く知ってて素敵と思ってたものの、くわしくは知らなかった。


でも、以前、牡羊座のサビアンレポートでがっつり調べたら、デザイナーという枠を超えていろいろと面白い人だった。


それで、彼のデザインもすごく素敵だと思った。


どっぷりひたって調べたから親近感があるし、あのデザインの本物がみられるなんて♪


“ Have nothing in your house that you do not know to be useful, or believe to be beautiful ”


「役に立たないもの、美しいと思わないものを家においてはならない」


とはモリスの言葉。


うつくしいバイブレーションをもらってこよう。





雨の散歩

 

遠くにいる台風の影響なのか、雨模様。


なかなか重量のあるレポートをようやく3日ほど前に提出したけれど、今月末までの別のレポートがあり、でもその前に講座の資料つくり。


星と人の関係を、わたしなりの言葉にあらわしていくのは、簡単じゃないけど楽しい。

散歩しながら頭の中を整理する。



 

この傘は、深いドーム型なのも、透明なのでまわりがよくみえるのも、モノクロームの猫もお気に入り🖤



なじんだ道も、こんな風に写すと、どこか見知らぬ場所のようでおもしろいね。

もっと肌の調子がおちついたら、旅もしたいな〜。


いまは長崎が気になってる。


すぐに行けそうだし、さいきん旅行に行った人たちが、別の知りあいで2組いて、それぞれにとても良かったと言ってたから。




肌はだいぶんラクになったものの、まだ余裕はなくてしんどい時間があるから、ゆるめの引きこもりは続いてる。

(ほんとにひと皮ごとに一歩ずつという地道な改善なのよね。)



旅の気分が味わえる映画を観るのも楽しい。



そういえば、このまえ、ようやくハリーポッターシリーズをぜんぶ観た。


やっぱり話の深まりは本のほうがだんぜんおもしろいんだけど、大好きなファンタジーの世界を、リアルな迫力の映像で観られるのは最高!


話がはしょられてるなぁってところは、本のストーリーを知ってるから脳内変換で補えたのでよかった。



キャスティングもしっくりきた。

ハーマイオニーは、本より可愛すぎるイメージもしつつ、エマ・ワトソンは、小生意気なキュートさがあふれてたので、それはそれでとてもはまってたかな。



引きこもりで、映画をさらに楽しむならば、パソコンの画面じゃなくて、壁に映せたらもっといいよなー、とプロジェクターが欲しくなりだしたとこ(^.^)

 

 

万年筆とアイスコーヒー


万年筆をつかいはじめた。

初心者の使いやすそうなもの、と思って、ラミーSafari ブルー


この書きごこちは好きだな〜




せんじつは、家族の病院のお迎えの帰りに、近くの珈琲店でちょっとひと休み。


近くとはいえ、行ったのは初めてかも。


カフェではなく喫茶店、といいたい、レトロとまではいかないけれど、どことなく懐かしい雰囲気。


どっしりした座り心地のよい椅子が心地よいし、全体的に落ちつく感じ。

こんどはひとりで本をもってきて、ゆっくり過ごしてもいいかな〜って思った。


それと、万年筆とお気に入りのノートももってこよう♪

と、今思いついたら、なんだかわくわくしだしたよ。



ここは、アイスコーヒーが、このカップ&ソーサーなのが気に入った^ ^

いつもは丈が高めのグラスが多いから、新鮮でよい♪


(カフェインは控えてるけど、ときどき、こういう雰囲気を楽しみたくて飲んでしまう。。(*´꒳`*)



デカフェのあるカフェや喫茶店てあまりない。

Tully'sやスタバにはあるけど。。

ほかに知ってたら教えてください(^^)



『たそがれダイアリー』

 

提出しなければならない占星術のレポートが、気がつけば3年くらいまえから止まっていて、

ようやく、ほんとうにようやく、とりくめはじめた。

 

体調が落ちついてきたこともあるし、まえより理解がふかまった。

そして、フォーカシングを通した自己受容をつづけて、”いまの自分でできるベストを尽くせばいいんだ”、と変にムリをすることなく安心していられているからかな。

 

課題は軽くできるようなものじゃないけれど、そのドシっとしたタフな手ごたえにも今はひるまず、一問一問こなしていけている。

ずいぶん成長したのかもね。

 

このレポートの心理占星術コースは、わたしの占星術師人生にとってとても重要なので、レポートが気にかかりつつもできない時期は、底力をつけるとか、心や身体を整えるとか、そういうタイミングだったのだろうし。

いまはレポートを終えた先の、自由さや安定感や創造的な楽しさがイメージできてうれしい。

 

 

 

過去をふりかえり、星のうごきと照らし合わせて考察する課題もある。

 

わたしはちゃんとした日記は書いていないけれど、ただ予定を記していただけのシステム手帳が役にたってすごく助かる〜〜‼( ;∀;)

 

 

懐かしいな〜とページをめくりながら、もっとちゃんと三行くらいでもよいから日記も書いていたらおもしろいのかもな、、、とも思った。

過去の自分って、わたしであっていまのわたしではないから、時空をこえて対話をしているような気分がしたりね。

 

「わたしはいま安心して、好きなことができる力をつけて、身体もずいぶんラクになってきたから、だいじょうぶだよ」と、体調にも心にも余裕がなく、怖がりだったあの頃のわたしに伝えたい。

 

あと、このブログもけっこうよい記録になっている。

ささやかすぎて流してしまうことも、もっとまめに書いておこうかな、と、思ったり。

 

 

宮に帰ってきて一年すぎた。

この一年間は、ただただ体調をとりもどすことと、家族のことと、って感じだった。

もうそろそろ、少しずつだけれど、もっとほかにいろいろできるかな。。

 

いま、たそがれ、って気分ではないけれど、わたしの内がわで熟成されている何かがあるって感じる。

これまで吸収してきたことを、自分のものに消化して、わたしらしく外に出していくんだな〜という感じ。

が、ひそやかにしている。

もうすぐソーラーリターンだしね。

 

 

甥っ子と姪っ子



夕方、バイク乗りして遊ぶ姪っ子ちゃん。

ペダルがなくて、足で蹴って勢いをつけて、足を浮かせてバランスをとりながら走らせる。


もっと小さい頃は、自然に身体を傾けてカーブしてUターンがすんなりできてたけれど、いまは曲がろうと意識し過ぎるせいか、怖くなってできない。


できないのが悔しくて大泣きした。

でも目いっぱい泣いたらまた元気になってバイクを飛ばしてた笑、可愛い♪


彼女は、長靴下のピッピみたいに元気いっぱいな女の子なんだけど、いまは女の子らしいワンピースが好みで、キラキラしたサンダルとか、ピンクとか 大好きみたい。


楽しみ屋さんでおてんばだけど、落ちついたところもあって、ケーキ作りのお手伝いなんて、慎重で、ほとんどこぼさずきっちりやれる。



甥っ子は、高校に進学したばかり。

農業に興味があって、農業高校を選んだ。


親は、本人の今後のために進学校に行った方が良いのではないかとか、いろいろ迷ったりもしたみたいだけど、本人のやりたいという気持ちを大切にした。


甥っ子は、やりたいことがはっきりしているタイプで、自分に合うことを選びとれる力がある、とお世話になった中学の先生も言ったそう。



大学に行きたくていくならよいけれど、やりたいことがないのにただ卒業したという資格だけのために行くのは、やりたいことがある甥っ子みたいなタイプにとっては一番の道ではないのかもね、と叔母(私)も横っちょから思う。



その高校では、農業で食べ物をつくり、加工する。

作ったものを販売するためのビジネスコースもあって、地元のお店で売っているそう。


甥っ子は、学校が楽しい!とイキイキしていた。

話を聞いてたら、施設も先生も、子どもたちが興味のあることを、のびのびと試せる環境が整っているように感じた。



興味のあることに詳しくなって、実際にやれる力をつけて、そして、その力を社会のなかでいかすセンスを磨いた方が、たとえ、その後、農業ではない道を選んだとしても、彼自身の生きる力はたくましく育っているだろうから、いまわたし達大人が想像することをこえて、伸びやかに生きていくんじゃないかな。



こんなふうに、子どもたちがイキイキと自分たちの可能性を、生命を、輝かせている姿をみると、すごいパワーとハッピーをもらえるし、そのエネルギーが、たったいまも未来を産みだしているんだ、って思う。



この日は、手羽先の燻製と、ベーコン作りを庭でしていた。


前の日からハーブや塩につけて仕込んで、炭火をおこして、スモーカーに入れて燻す。


夕暮れどきに、燻されるのを待ちながら火のまわりに座って過ごすのはすごく心地よかった。

(そしてその後すごく美味しかった^ ^♪)



ひと段落つきました


すっかり夏になりましたね^ ^


わたしは、家族のことで、このところのいちばん気がかりだったことが決まり、ようやくひと段落つきそうで、ほっとしてます。


これで万事オッケーというわけではなく、これからもずっと心の奥に揺れるものを抱きつつ、という感じだけど、今出来ることのなかでは、いちばんよい状態に落ちつくんじゃないかな。。


どうなることかとすごく気がかりだったから、タイミングもぴったりに決まったのは奇跡的に感じる。


自分たちにできることをして、天にお任せする。

お任せの部分で、天がよき計らいをしてくださったな、とあらためて、全体のつながりを思う。


気持ちを寄せてくださった皆さま、本当にありがとうございます。



この頃、よく眠れるようになって、気がかりな間は、眠りが浅かったんだなぁと気づいた。


身体もまた少し落ちついたかな。


ひとまずご報告です(o^^o)



*****


メキシコのお土産。

缶詰はヨーロッパのものらしい。


チョコレートは、外国の味がした。


お土産で頂くチョコレートは、ロシアも、フランスも、東欧も、メキシコも、同じような独特の風味がする。


それをわたしは外国の味だ、、と思ってしまう。

なにか共通の香料など入ってるのかな?



*****


スマートフォンのケースの裏につけて、スタンドにしたり、指を入れてもち手を安定させたりする、ホールドリング。


猫の顔型のものをみつけたので替えた♪


あたらしいホルダー、スマートフォンをもつたびに可愛くて、密かにフフッ♪てなるし、ホールド力もバッチリで安心。


こんなささやかな心地よさが積みかさなって、幸せな気分になるね。

わたしのなかに眠るもの


7月の皆既日食の冥王星が、2度差という近さでわたしのドラゴンヘッドのそばにあり、


部分月食では月が、わたしのドラゴンヘッドにかさなっていた。


おとといの獅子座新月から、だいぶ流れが変わってきた気がして、ふりかえってみると、


この7月という時期は、ルーツも含めて、家族というつよい水流の渦に巻きこまれているみたいだった。

蟹座の季節の日食にふさわしい。


具体的には、父と母のために集中して動いた。

いつもは遠くに住んでいる姉妹や叔母と協力してミッションを果たした。

大げさに聞こえると思うけれど、そんな気分になってすらいる。


まだ終了していないミッションもあり、まだしばらくは続くけれど、はじめのインパクトはのりきった、という感じ。


日食、月食の影響はほぼ6ヶ月続くと考える。

日食や月食がおこった月に、その影響がハッキリと現れて、6ヶ月の流れの肝を教えてくれるんだろう。



そんななかで、育った環境や両親との関係について、またちがう角度から理解する機会もできた。


より深くわかったこともけっこうある。

それはまた言葉にできたらいいな。



いま、なるほどな〜と眺めているのは、わたしの母方の祖母の出生ホロスコープ。


この祖母は、わたしが生まれる前に亡くなっている。

だから、わたしはこれまで母の話からしか、彼女をみてこなかった。

その情報もまた、多くもないのだけれど。


今回、母の妹である叔母とゆっくり話す時間があった。


叔母の視点からきく祖母は、母の視点からみる姿とまたちがう女性だった。


結局は、母は母の、叔母は叔母の、ものの見方というフィルターをとおして、祖母を見せてくれているに過ぎないんだね。



叔母と話していて、心に触れる何かがあって、ふと祖母の誕生日を聞いてみた。


会ったことがないせいか、思い出話しを聞くだけで満足していて、これまで彼女の出生ホロスコープをみようなんて、思いつきもしなかったんだけど。。



ホロスコープをひらいてみると、、、



祖母の金星は、わたしの金星とまったく同じ位置にあった。

少しのズレもない。


金星は、感性、美意識、人づきあい、愛、の象徴。



そして、彼女の木星は、わたしの仕事や社会的な生き方を現す、Mcにぴったりと重なる。

こちらも少しのズレもない。


さらに、彼女のドラゴンヘッドは、少しのズレもなく、わたしのドラゴンヘッドと90度。



彼女の太陽は、2度という少しの差で、わたしのドラゴンテイルと重なる。


つよい縁を感じる配置。

ドラゴンヘッド・テイルがからむと、宿命的、前世的意味合いも含まれてくる。



だから今回の日食、月食は、わたしと彼女の宿命的絆を照らしだした、ともいえる。




祖母は、結婚して岡山にうつり住むまで、東京で華やかに文化的な暮らしをしていた人だ。

当時で考えるとハイカラで、若い頃には、イギリス大使館で働いていたという。



わたしは生まれも育ちも九州で、ほどよい自然のなかで暮らすのが好きなんだけど、

同時に、東京の空気感がとても好きなんだ。


人混みやギラギラした感じは苦手なんだけどね、なんというか、昔から保たれてきたんだろうな〜という文化の香りを感じられるような場所が、すごくいいなと思う。


気のせいのようでもあるけど、東京に住む前から感じていた、憧れまじりのうっすらと懐かしい感覚は、もしかしたら、この祖母のものだったのかもしれないと、わりと真面目に最近思っている。


言葉で伝えられたものではなくても、身体や血をとおして、伝えられるものはあるのでしょう。


知ることで、わたしのなかで解放される何かもあった。


血の繋がりがなくても、受け渡していくときもある。

人の縁って本当におもしろいよね。




ひどく辛いとか落ちこむとか、ではないけれど、老いや病、自分ではどうしようもない流れのなかで、なんとかできることをしていくとか、どう死ぬかはどう生きるかと同じなんだなと感じたり、サポートしてくれる人たちの印象的な姿とか、父や母の言葉にならない絆とか。


深く繊細に心を掘りおこされるような時期で、ふと涙がでていることもある。単に悲しいとかではなくて、生きる不思議さ切なさ、めんどくささ、重たさ、素晴らしさ、愛しさ、みたいなものに否応なく触れてしまう感じ。


そんな心にしみて、さいきんなんどでも聴いてしまうこの歌。いいな。