私の肌の症状のこと

この話は、わたしが今、たぶんいちばんナーバスになってしまうことで、過剰に反応してしまうのもわかってる。

だからかな、いまの体調をうまく説明することも難しいのですが。


時にはちゃんと説明して伝えられたらなー思う。


周りの人が、この状態の私をただそのままに受け入れてくれたら(すっかり理解することはできないとしても)、気持ちがラクだからね。


今でも、周りの人たちが、ほぼそのままにこの状態を受け入れてくれてるって感じてはいる。

ただ、書きたくなったので書いてみる。



重たい話なので、興味のある方、余裕のある方だけお読みくださいね。



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私のいまの肌の症状は、脱ステロイドの後遺症で、肌が変形していてちゃんと機能できていないから、普通の人のようにバリア機能も働かなくて、いつも痛くてかゆくてしんどいって感じです。


脱ステロイドについてはいろいろ言われているし、ステロイドはちゃんと使えば悪い薬ではないと説得される。


けれど、その“ちゃんと” はとても難易度が高く、軽い症状の人はうまくいっても、アトピーの症状がでてしまった生活の改善や過度のストレスをなくす、などしなければ、アトピー反応は起こり続けるから、ステロイドを一時的にしか使わずに辞めることはむずかしい。


しかも、当時私がかかっていた医師は、生活改善などのアドバイスはほとんどなく、薬を使ってもよい期間をくぎらず、いつもただステロイドを出すだけだった。症状がおさまらず、どんどん強いものになっていった。

わたしも副作用のことなどあまり知らなかった。


だから、今、脱ステロイドをしたのがいけなかったかどうか、など議論のようなこともしたくはなくて。


ステロイドを使いすぎると、肌の機能が壊れるので、はじめのアトピーで苦しんだ症状(これですら相当つらいのに)が何倍にも酷くなったようなひどい痒さや痛みを感じ出す。


ついにはステロイドを使っても効き目はなくなり、肌は薄くなり赤く腫れただれ体液がにじみ服ははりつきます。

この時は気が変になりそうな痒みと痛みもでてきます。


当時は知識も多くはなく、ほかにしようもなく脱ステロイドを始めました。

肌はボロボロで離脱症状は想像を絶するほどきつくて最初の1年間は地獄のようでした。


その時の体験をすっかり書ききれることはないと思う。



考えてみると、今と同じ知識があっても脱ステロイドをしたと思う。

効き目もなくなり、肌も異常な状態になり、使い続けることはできなかったのだから。


さらに言えば、もっとはじめからやり直せるなら、ステロイドを使わず、環境(過度のストレスを感じていた仕事も含めて)生活改善、体質改善にとりくんだでしょう。


(ステロイドは、使い方がうまくいかなかった時の離脱症状の酷さからも、安易に使う薬ではないなと感じてます。


信頼できる医師と一緒に使い方を理想どおりに厳密に守れる症状の方はきっといいのだろうけれど。)



そんなこんなで酷い時期をすぎて、なんとか動けるようになって、まだ肌は普通にはなってはいなかったけれど、仕事もしたいこともあるし、できる限り普通に生活していました。


ただ、いつも痛み痒みがあり、疲れた時や季節の変わり目などには、しょっちゅう発作のように、あの酷かった症状が全部ではないけれどもどってくるので、とうとう耐えきれなくなり、もう一度ちゃんと療養して、すっかり普通の肌にしよう、と決心して、食事療法や入浴療法を再びはじめていまに至ります。


肌の力が弱っているから、刺激になることをなるべくやめて症状をおさえつつ、本来の自然治癒力を発揮しやすくする。



だから時間もかかるけれど、ステロイドを使っていたとき、そして離脱症状の酷いときのような、肌の奥から湧き上がるような吐き気におそわれるような痒みと痛みはずいぶんなくなりました。


いまは、状態がよいときや、緊張しているときは、数時間はふつうに過ごせるけれど、緊張が解けたあとは、どっと痛み痒みがでます。

肌には、赤く腫れてるところや傷が、まだいつもあるから。


入浴療法を再びはじめて、ちょうど4ヶ月目。はじめはリバウンドなのかな、いったん悪化したようになった。

ものすごく酷い時よりはましだったけど、やっぱり肌が赤く腫れ痒み痛みが激しくなった。


けれど、3〜4ヶ月ってひとつのメドみたいで、一段、階段を上ったくらい良くなってる気がする。

波はまたあるんだろうけれど。


壊れてしまった肌の機能をとりもどすのを待つのはほんとうにしんどい時がある。


けれど、本来の身体に戻りたい、と、ほんとうに願うので続けられる。


(酷い時には自然治癒力を使う治療法の医師の指導を受けました。いまも脱ステロイドをして本来の肌の力をとりもどす治療を研究し実践されている医師の本も読んでいます。)


少しずつ身体が力を取りもどしているのを感じるので、治るって信頼できている。

ただ焦ってはいけないなーと。

身体が必要とするだけの時間は待たなきゃなぁと思ってます。




とりとめもなく書いたけれど、ここまで読んでくださってありがとう(^^)


ラクな時間もずいぶん増えてきたし、気持ちはすごく元気ですよ。



かわりはないけどほっこりしてる

少し前に東京の友だちからすっごくうれしい報告を聞いた。


彼女とは、わたしが宮崎に帰る直前に会ってたくさん話した。


その時にわたしが言った言葉が、彼女が不安になった時、つっかえ棒くらいには役にたったかなーと思えるようなメッセージをくれて、胸がキュンと感動した。


自分を信じて進んだのは彼女自身だから、わたしの言葉がなくたって幸せになったと思う。

それでも、支えになったよ、と伝えようとしてくれる気持ちがとってもうれしい。


最近のわたしは心がほっこりあったかい。


報告があったからというより、そういうやりとりをしながら、ものすごく温かい何かが心にあふれてくるのがわかった。

彼女に対してだけではなくて、このところいろんな時によくそう感じる。


いまは体調的にはしんどくて余裕のない時間も過ごしているし、いろいろやりたいこともやれないフラストレーションもあるにはあるんだけど。


ムリしない自分自身でいられていて、心の底のいちばん大事なところでは安心しているんだろうね。









待ち受け画像と羊毛とおはな


ほぼ日のサイトで良いものを見つけた^ ^


「福田利之のホーム&ロック」

https://www.1101.com/homelock/index.html 


素敵なイラストをダウンロードしてスマホの壁紙にできる!


今月はこちら♪


絵本のようにかわいくて、最近よく聴いてる、‘羊毛とおはな’ の、「大きな木と小さな鳥」って歌に雰囲気がぴったりだなーとなごんだ。

さっそく待ち受け画面にした。



この歌がyoutubuになかったから、ほかの好きな歌を。


最近は季節の変わり目やらなんやらで、わたしはまたもやいちだんと不調の数日です。。(T ^ T)


(少しずつ改善してて安心してたら、ときにこんな風にガクッと落ちる波がある。

アトピー体質の脱ステロイド後の肌の回復には、期待するより長い時間が必要のようだとわかっているので、気持ちはそこまで落ちこまないけれど。)


こういうものを見つけるとうれしくなる。



お気に入りの猫の動画

 

このまえ、庭先を三毛猫が歩いているのをみつけてうれしくなった。

 

ずいぶん前、実家で猫を飼っていたとき、猫がとても愛情深いのを知って意外だった。

イメージ通り、けっこうクールではあったけれど。

 

たとえば、いつもよりも帰りが遅いと、玄関で待っていたり、

へんなところで寝てしまったりすると、ちょいちょいと手で頬をさわって起こしたり。

 

試しに、明日の朝、6時に起こしてね、と言ってみたら、ほんとうに起こしにきてくれたこともあったな。

 

 

この猫ちゃんもたのもしい (^-^)

 

 

 

 

” 不幸せ ” のつくり方

 

” 不幸せ ”な気分に落ちいるとき。

 

いまのありのままの自分の現状を、認められない、許せない、ときだなぁと最近あらためて気づいた。

 

たとえば、いまのわたしのありのままの現状といえば、肌の改善のための療養中。

 

アトピー体質にはじまり、ステロイド使用、その後脱ステロイド、とつづき、

痛み過ぎてしまった肌は、健康的なやわらかさを失っているので、固くなってしまったところがいたむしかゆい慢性的な症状になっている。

 

改善のための環境を整え、ゆっくりと時間をかけて根気よく身体の治癒力を応援する。

身体が治癒していくのに必要な時間は身体が知っている。

 

 

だけど頭は先ばしりしやすくて、「もうこのくらい長くやっているのだから、このくらい改善してもよいのでは」と期待する。

 

そうすると、その期待にこたえられない身体のペースを認めることができなくて、もどかしさや焦りを感じたり、悲しくなったりする。

 

 

わたしのなかで、「期待する気持ち」と、「実際の治癒にかかる身体のペース」が分裂している。

これが、苦しさや不幸せ感を生んでいる。

 

 

 

でも、より早い改善を期待するわたしが悪いわけでもない。

行きたいところも、会いたい人も、やりたいこともあるもんね。

 

 

 

ただ、いまは、身体の症状が圧倒的に助けをもとめていて、それには安静と時間が必要で、そこを認めて尊重しているときに、わたしはいちばん安心できて心地よいんだ。

そしてその状態だと、身体がそうとう修復されてラクになっているんだってことも素直に実感できる。

 

だから、落としどころは、他のいろんな望みや期待の声にふりまわされずに、身体のペースを優先させて過ごすこと。

その在り方をあらためて最近確かめた。

 

 

期待するわたしの気持ちも認めてる。

それは、わたしの中に居場所をもらって、安心してやりたいことをやれるタイミングを待っている。

 

 

 

 

心がなごむ(^-^)、ギリシャのサントリーニ島の景色。

 

 

きんきょう その6

皆さま、お元気ですか。


1月はわたしの身体にとってけっこうヘビーな期間。


今年もそうでした。


(それに、今年は星まわり的にも、シビアな空気感でしたしね。)


それもあって、もうすこし、身体が治ろうとする力を後押ししようと、新年そうそうあらたなアイテムを取り入れてみた。


それでずっと肌に好転反応がでていて、まぁそれも辛いのですが、身体そのもののパワーは強まった感じで、よい方に動いているんだと体感があったので、なんとかのりきり、今日あたりから、ようやく落ち着いてきたかな。


油断はしないけど、症状がラクになると、とてもほっとする。


身体の回復って、かすかな変化はあるものの、しばらくはほぼ横ばい状態が続いて、あるタイミングでぐっと上がるように思います。


勉強とかなんでもそうだろうか。。


横ばいの時は、しんどかったり、もどかしくて焦ったり、つかれてやる気が保てなくなったりしやすい。

ここをのりきると、ぐっと上がる時がくる。



すこしずつ改善している。

でもステロイドなんかで痛みすぎてしまった肌自体はまだ普通になってはいなくて、修復するには時間が必要。

ゆったりいこう。

いたみかゆみもあるので、まだ療養はつづきます。疲れると悪化するし。

身体はムリしないペースのまま過ごします。


気力は余裕がでてきたので、ゆったりしながら身体を使わずできることをしよう、とまずは英会話をきき流すように、聴いてます。


まだリスニングしての理解度は横ばいだけど、ここをのりきるぞ、と書いておく(とできる気がするから 笑)

かえってくるペンギン

 

助けてもらった男性に、毎年数千キロ泳いで会いにきていたマゼランペンギン の話。

 

CBC News

https://www.cbc.ca/news/trending/dindim-penguin-1.3487668

 

この話を紹介していたブログはこちら

https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12433213904.html 

 

 

ブラジル、リオデジャネイロの沖合にあるグランデ島に住むJoaoさんは、2011年に、自宅近くの浜辺に打ち上げられたマゼランペンギン をみつけた。

そのペンギンは原油にまみれ、飢え死にしそうになっていた。

 

Joaoさんは、そのペンギンを保護し、Dindimと名前をつけて、体力がもどるまで、毎日餌をあげていた。

 

そして、元気になったDindimを海へかえそうとするがなかなか言うことをきかない。

 

しょうがなく、ボートで沖まで連れて行き海に放して浜辺に戻ってきたら。。。

 

なんとDindimは、Joaoさんのボート小屋の前で待っていた(゚o゚)

 

それから11ヶ月間、Dindimは、Joaoさんと一緒に暮らし、ある日海に帰っていった。

 

Joaoさんは、Dindimは故郷にかえり、もう自分のところにもどることはないと思っていた。

 

が、

数ヶ月後、Dindimがもどってきた!

それから毎年、6月〜2月の間、DindimはJoaoさんのところにもどり一緒に暮らすようになったという。

 

*****

 

マゼランペンギン の生息地はアルゼンチンとチリの海岸で、ブラジルのJoaoさんの家にもどるには、3000キロ〜数千キロは泳がなくてはならないんだそう。

 

6月、Joaoさんの家があるグランデ島をめざして泳ぎはじめるその瞬間。

Dindimの身体のなかには、どんな感覚が生まれているんだろう。

 

知能が高くても、例えば「恩を返す」とか理屈にとらわれたりはしないと思うから、何か純粋な感覚が身体のなかに湧いて、それに素直にしたがうんだろう。

 

もともと野生の生き物だからなおさら、ただ安全に生きるという本能をこえた(ある意味危険な)行動をとってまでもどってくる姿に、なんだか不思議さと愛おしさを感じてしまう。

このちっこい姿♡

 

 

 

永遠の今

この前の、オンラインフォーカシング研究会で、「今、この身体を感じること。それは永遠につながる」というような話になった。


フォーカシングでは、いま身体がどう感じているか、を丁寧に感じて、言葉にしていくことで、いま必要なことが分かっていく。


いま感じていることを丁寧に、というのがとっても大事。


たとえば、よくある症状だから、といつも同じ表現であらわしてしまうことってあると思う。


例えば、緊張した時に、「喉がつまる」とか。


この前は、喉がつまる、感じだったとしても、同じような症状だと頭で判断して、同じ言葉をくりかえす、のでは、“今”の身体を感じているわけじゃない。


今の身体はどんなふうだろう。。。内側に意識を向けて、心をひらき、頭での判断なしでただ感じて、それを丁寧に言葉にしてみる。


今の喉の感じは、実は、「つまる」はピッタリではなくて、「締めつけられる」方がしっくりくる、かもしれないよね。



口にする言葉は、整った言い回しである必要はなく、むしろ、身体の感覚を探りながら、話がとぎれとぎれになるくらい言ってみて感じて言いなおして、というように、ピッタリの言葉を探すことがキモ。


整った言い回し、というのは、すでに明らかにされた過去の情報なので、無意識と顕在意識の境目となるきわ:“エッジ” に触れることはない。


エッジに触れる言葉を見つけることこそ、本当に必要なメッセージへと身体と意識をひらく鍵なんだ。


過去でも未来でもなく、ただ、今、ここに在る、身体(それが伝えるものは、生命が生きようとする力、なんだと私は思ってる)を感じる。


それがすべて。そして永遠につながる。


*****


という、フォーカシングのやり方や、そこに見いだす、人の身体や心の不思議さやすごさ、については、いつもいくら語ってもフォーカシングラブが溢れてしまう私たちなのですが 笑


せっかくだから研究会で、腑に落ちたことなど、お仕事用のホームページのブログの方にちゃんと書き留めたいなーと思ったりもしてます。


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今日書きたいなーと思ったのは、「永遠の今」というフレーズで思い出したこと。



大学生の頃、スキューバダイビングクラブに入っていて、夏の合宿は、沖縄の離島に行った。


石垣島のビーチダイビングの時。

浜辺から、浅瀬になっている珊瑚礁のリーフを沖にむかって延々と歩き、深い海がはじまる切れ目にたどりつく。


そこから、紺色にみえる深みに、グーンと潜る瞬間は、何が出てくるのかわからない怖さも一瞬あるのだけれど。


天気が落ちついていて、濁りのないタイミングの南の海は、透明度が高く、目が慣れてくると、真っ白い砂に太陽の光がゆれて、とても綺麗。


岩場の陰には色とりどりの魚たち。



その、青い青い水の空間のなかで、不意に、ああこのまま時がとまってもかまわない、というような気持ちになったことがある。


腰につけたウエイト(重し)や、酸素のタンクの重さ、そして、泳ぐ姿勢や呼吸の仕方など、ちょうどうまくバランスがとれて、ふわぁーと浮遊する感覚になっていたのもあるだろうな。


浮かないように、または沈まないように、と力む必要がぜんぜんなくて、とてもとても心地いい。


何にもとらわれてなく、ただ、そこに浮かんでいる私。

私なんだけど、私でもなく。

まわりの青い空間そのものと隔たりなく、溶けこんでいるかのような。


その感覚は永遠の今、といえるものでもあったなーと。



それと、

すごーくよい音で、心地よく感じる音楽に包まれるのも、その浮遊感に似た気持ちになる。

ああ、ずっとこのままこうして聴いていたい、ってね。









日本語ってむずかしい

日本語ってむずかしいんですねー。

そうだろうと思ってたし、自分自身も敬語や熟語など、ちゃんと使いこなせてるかはあやしいんだけど。


日本語を学ぶ外国の方が、試験で真剣に書いてしまった回答が、おもしろすぎた。

大変ですねー、とねぎらいたくなる。

そして答えがどことなく可愛い。


楽しい記事だったのでここにもリンクしとく。

https://ameblo.jp/rumicommon/entry-10033740439.html 





2018年ありがとうございました

今年も残すところあと数時間。

2018年、よい年でした。


体質改善優先で引きこもり、

できることが少なく、

落ちついて過ごせる時間も限られている。


だからこそ、活動もいま必要なことだけに自然に絞られてきたのは、わたしにとってよかったなぁと思ってます。



このブログを覗きにきてくださってありがとうございます。


2018年はどんな年でしたか?





わたしは、“言葉” って昔から好きなのですが、これまでは、あらたまって文章を書くこうとすると、重たい気分になって、なかなか進まないところもありました。


やろうとするのに、なかなかできない、ってことにも理由はあって。


落ちついて時間をかけてフォーカシングをして、自分のホロスコープの特徴とも照らし合わせて理解して、それが何なのかようやく腑に落ちてきたように思います。


文章で表現すること、2019年は、さらにのびのびと試してみたいです。



そして、もっと体調が落ちついたら、やりたいと思うこといろいろやってみよ、とあらためて思う年の暮れ。

身体の変化を焦らせるつもりはないけれど。

それもまた必要な時間だし。




よい年をお迎えください。