本質で生きることと、幸せを感じる心は、イコールではない


サマセット・モームのことを調べてる。


世界的な作家としての名声や地位、

晩年にもティーンエイジャーからファンレターが届くほどの廃れない人気、

莫大な富


献身的につくす、伴侶であり秘書の存在、


ぜいたくで快適な環境、


を手にしているにもかかわらず、晩年、狂気ともいえる皮肉さで自分の人生の虚無感を嘆いた。


暗く、何かに取り憑かれたような顔をして。



幸せを感じる心は閉じたままだった。


10歳で孤児となったこと、

どもりでいじめられたこと、

優秀な兄へのコンプレックス、


生前、財産を使い果たし、死後、子供たちを貧乏な生活へと突き落とした父親への不満、


セクシャルマジョリティーであったこと、その時代には今よりも隠さなければ糾弾された。

などなど。

ネガティヴにするものはいろいろとあった。


彼の成功を導いた動機は、なにかを見返したい、という復讐心だったのか、とさえ思う。


もともとそこからはじまることは、誰にでもあるとしても、途中で解放されたり、変容したり、するチャンスもつかまえられなかったのだろうか。


というようなことを考えさせられる。


そして、気づいたのは、


まず、動機はネガティヴでも、本質をいかして生きれば豊かさは手に入る、ということ。



作家としてのモームは、その観察力、表現力を存分にいかして活躍した。



次に、幸せを感じる心は、本質をいかして生きる、こととは別なんだ、ってこと。



これは、“ お金や名声があると、精神的に貧しい ” というような形式的な考え方のことではなくて。



お金と名声をもちながら、心豊かに生きる人もいれば、そうでない人もいる。


お金と名声がなくても、心豊かに生きる人もいれば、そうでない人もいる、から、決めつけることはない、から。



動機がネガティヴでも、自分のもつ質をいかして生きれば、豊かさは手にはいる。


動機がネガティヴのままだと、せっかくの豊かさも幸せと感じられない。


病気や困難など、軌道修正が必要だというなんらかのサインがあらわれて、挫折と感じることもあるだろうな。



幸せを感じることを阻む思いこみがなければ、さまざまなことから幸せを見つけることができる。


その状態だと、自然に本質でいきる道を選びやすいから、豊かさも手に入れる。


ただ、本質で生きる道を選ばず、自分本来の生命力を発揮しなかったら、物質的な豊かさを手に入れにくいのかもしれない。





できないことは、しなくていいから

できないことはしなくていいから、

と、ときおり心の中で自分に言い聞かせるの。

ときと場合によっては、なんともふさわしくない気がするけどね、たとえば、新しいことを覚えようとしてるときとか。



なにごとかに、とりかかろうとしてる私。

でも、でも、あんな風にできない、
ここんとこ、自信ない、

もう少し、調べた方がいいかもしれないぃ〜。。

と気弱なつぶやきが胸に浮かんでくるときにつかう。


「できないことはしなくていいから、」

「いまできることをひとまずやってみなって(^.^)」って。


けっこう気がらくになる。

はじめて思いついて自分に言い聞かせたときには、すごい名言や!って思った 笑。

ひとまず手をつけてしまえば、あとはスルスルーっと進むときもあるしね。

進まなくても、すこしできただけでも、ぜんぜん手をつけていないより、ずーっと落ちつく。





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たんぽぽのお酒、とカノン

することたくさんあるんだけど、、


どうしてもレイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』という本が思い出される。
子どもの頃から大好きな本。

それでブラッドベリ自身が書いた『たんぽぽのお酒』についてのエッセイを図書館で借りて読んでみる。


そして、そのあと、パッヘルベルのカノンが聴きたくなって聴いている。



たんぽぽのお酒、と、カノン、は、わたしの心の奥の、おなじあたりに触れるみたい。



遠いようで、手を伸ばせば触れられそうな、熱い陽射しにきらめく記憶、の扉をあけるような。



エッセイのなかで、たんぽぽのお酒について語るブラッドベリの表現も、あ〜いいなぁ。。



“ 『たんぽぽのお酒』は何ぞやというと、すなわち「大人の身体に隠れた子供」が、神の草原で遊びながら、過ぎた昔の八月の芝生に帰って、これから育ち、年をとり、木陰にひそむ暗闇が血液に入りこもうとしているのを感じるところ、という話なのである ”

(「ビザンチンチウムとまで行かずともーたんぽぽのお酒」『ブラッドベリがやってくる』収録)





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物語が私を呼んでいる


なんとなーく。
ほんとに、なんとなく。

いまここにない何かを求めてる。
胸の片隅に、ポカリと空いた穴があるような。

それは、さびしさではなくて。

何だろう…と考えていたんだけど。

いまさっき、これは未来から呼ぶ声、なんじゃないか、と思った。

未来の自分が、呼んでいる。
まだ何かわからないけど。

遠い憧れ、みたいな。

それはもしかしたら、今日の占星術ワンデイ講座の、裏テーマだったかもしれない。
(表のテーマは、ホロスコープの読み方と自分を知ること、ね(^_-))


もう、待ったなしで、本来の自分の道を進むこと。

そんなムードがあったんだよね。


いますぐできること、私のは何だろう。


星が降るように見える場所に行くこと
星空を観測すること

星の物語を紡ぐこと

手仕事の時間を増やすこと

家でゆっくり過ごすこと
もっと自然の中で過ごすこと




少しずつ、実現していこうー。


いつか、じゃなくて、もう自分の物語を生きる時、がきてるんだろうね、みんなね。


自分の物語を生きる、というと、壮大で難しくも思えがちだけど、いま求めていることに気づいて、できるところから実現していく、それでもうはじまってる。 そんなことを確かめた、今日の集い。





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冬至のデトックス


気持ちのよい朝。


おとといから昨日までは、鼻がグズついて、頭はボンヤリ。
肌の調子もけっこう悪くなってたけど、だんだん復活してきてる。


悪化じゃなくて、デトックスだったと分かるのは、その前より、いまは気分も体調もスッキリしてて、意識がいちだん上がったように感じるから。

エネルギーが切り替わるタイミング、星もそういう動きをみせ、体も心も、同じように動いてるんだなーと、ハッキリ感じられるの。


写真は、昨日の夕方。
龍雲てこんな感じ^ ^?





冬至から、3ヶ月間のすごし方、書いてみました☆

好奇心、遊び心から生まれたものを、実用的に使っていく

冬至の柚子


お気に入りの食料品のお店があって、1週間に1回くらい行くんだけど、その近くに、氏神さまがあるので、お参りもする。

たいてい人影がないから、しばらくボンヤリできていい感じ(^^)

神社は森の中にあるから、キラキラした木漏れ日がきれい。

それを見ながら葉っぱがさざめく音を聴いてると気持ちいい。


ムリしない、何もかもやらなきゃと思わない。
無意識に頑張るモードになってしまうクセを意識してかえてきたけど、やっとそれがあたりまえになってきたみたい。
ゆったり心地いい時間がふえてきた。


昨日は、地元でとれた柚子を買った。
切って絞ると、とっても瑞々しくて、きれいな果汁がたっぷりでうれしい♪

考えてみたら、明日は冬至だった。
柚子湯で禊だね。
と思いながら、蜂蜜入りのあったかい柚子水を飲んでる。

押入れの中で


いま、わたしはブログを3つもってる。

毎日の星の動きの日誌
ホームページのブログ
そして、この『days』



ひとつにまとめようかなー、と時々かんがえるんだけど、それぞれ、書いている自分がちがう人格な気がして、まとめることができないの。
微妙な感覚なんだけど、わりとハッキリしていてね。

たとえば、このブログは、素に近いかもなー。

子どもの頃、押入れの中でいろんなことを空想して遊んだり、考えたり、泣いたり(想像力豊か過ぎて感傷的になって 笑)、するのが好きだった。
その頃の、押入れの中であれこれ考えている感覚に近い、って気がする。

隠れてるつもりで、公開されてる訳だから可笑しいんだけど。。
でも、他の2つよりも、リラックスして素に近いことが書ける。


今はなかなか会えずに疎遠になってしまってる友だちが、時々、検索してこのブログを見つけて、連絡をくれることもある。
そんなふうに、私を知ってる人が、時々、どうしてるのかしら??と思い出して読んでくれたらうれしいしなー。


まとめるかどうしようか悩むよりも、それぞれの特徴をいかして、もっと活用するように考える方が、スムーズに行くのかもね。


djandyw.com


『I don't know my name.』

 

グレース・ヴァンダーウォール

 

『アメリカズ・ゴット・タレント』のオーディションで歌ったオリジナル曲。

 

独特の声も雰囲気もすっごく素敵。

なによりも歌詞にぐっときたー。

すごくすごくいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

『日常』

 

フォーカシング仲間からおススメされた歌。

 

うん

力が抜ける感じが、いいね(*^^*)

 

 

 

 

 

 

究極の心地よさ


究極に心地いい、というのは、自分自身である、ってこと。

“ 最良の薬は、自分自身であること ” と、誰かのブログで読んだことば。

人は自分自身でないときに病気になる。


evilerin