軽くしていく

このまえ、占星術やタロットを仕事にしている、わたしのもち味について、「あぁそうか!」としっくりくる言葉を言っていただいた。

ふっと思い出したので、覚書きをかねて書いておこう^ ^


ハプナで出会ったCちゃん。
アナスイやツモリチサトが似合う、キュートで繊細な女性。

わたしのもち味は、『本来のその人を、重たくしていたり、痛くしていたりするものを軽くして、本来の姿にもどしていく、こと。』

この通りの言葉ではないかもしれないけど、そのようなこと。


いつも思っている「自分のまま」という気持ちがかさなる。

自分が、その方が、もっているものを、それがそう在るカタチで育てていくこと。
そんな風に受けとりました。

そうありたい。


ここまで書いてまた思ったこと。

“ 軽くする ” とは、受けとめ方をかえる、つきあい方を知る、ってことかな、と。

無いことにするのではなくて、それを理由に自分を痛めつけるクセはかえて、その意味を自分のなかで昇華させる。

それは、バラバラになっていた自分自身を統合する、ことともいえそう。

ちょっと難しくなったけど。


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変わり目

いま変わり目の人、多いと思う。

大まかに言うと、

2011年から本格化した、古くせまい枠を壊して、あたらしい場所を切り拓くうごきは、2015年の3月に最後のクライマックスをむかえた。

そして、2015年は、その余韻を残しつつ、2016年の2月(まさに今^_−☆)に、余韻の終わり、まとめ、となる。

さあ、次に行こう。
そんな気分かな。

次は、切り拓いた荒野を、整えていく。
しなやかに状況にあわせて、やり方を整えていく。

まだ残る、古い固い考えやパターンを掘りおこし、とりのぞき、耕し、
あたらしい若木を植えていく。
そんなイメージかな。
とくに8月までは。






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パメラと私


わたしは、いつもライダースタロットを使っている。

このタロットが最もスタンダードだからはじめに手にした、というのもあるけれど、他のタロットデッキを使ってみても、やっぱりライダースがいい。

このまえ、友だちと話をしていて、
ライダースタロットに込められた秘密の智慧が、西洋文化だけでなく、その他のさまざまな文化から取り入れられている、ということをあらためて思いだし、そこにも理由があると思った。


そして、さらに前に調べたことを、思いだした。

ライダースタロットの絵を描いたパメラさんのホロスコープと私のホロスコープは、驚くほど重なる部分が多いってこと。

彼女は、私の感性と響きあい、私の表現力を高め、私自身を解き放つ、相性。

私は、カードと響きあっていると感じるし、それは周りの人からも言われる。

あらためてパメラと私とのホロスコープを重ねて読み解き、なるほどと腑に落ちた、今。

なんだか、不思議な縁を感じて、勇気づけられる再発見だったな。

パメラさんのことについては、また詳しく書きたいと思います。

ジャマイカの血を引くイギリス人で、ピクシーというあだ名だったそう。



ちなみに、ちょこっとライダースタロットの説明を。

ライダースタロットの構成は、黄金の夜明け団という魔術結社に属していた、アーサー・エドワード・ウェイト。

この人ばかりが有名だけど、デザインをして絵を描いたのは、パメラ・コールマン・スミスという女性アーティストだった。彼女も黄金の夜明け団のメンバー。


ライダースタロットの特徴として有名で、とくに私も好きなのは、小アルカナのデザイン。

数のみをあらわすそれまでのタロットデッキのデザインにはない、繊細で具体的な描写。

こちらは、ウェイトさんはあまり関わらず、パメラの感性によるところが大きいという。



良くなる前に悪くなる


アトピーで脱ステロイドをして、
ぜんぜんステロイドを使わなくなって、
10年くらいたった。

一説には、ステロイドの影響がぬけて肌が健康になるには、使っていた期間の3倍の期間がかかる、とか。。

まだ3倍の期間は過ぎないけれど、
はじめてそれを聞いたときの気が遠くなるような感覚よりは、ぐんと終わりに近づいている。

終わり、と書いたけど、壊してしまった肌は、完全には治らないのかもな、と思うときもある。

負担がかかったとき、体の弱った部分に症状が現れると思うから。


年末からこっち、肌の調子がとっても悪い。

体を温める、肌を作る材料を充分食べる、ちゃんと睡眠をとる(これが最近乱れがちかな^^;)いうことに気をつけてきて、ずいぶん改善はされたけれど、まだまだだな〜、と落ち込んだりもする。


昨日くらいから、少〜しずつラクになりはじめた。

こうなってくると、肌の土台が、前よりも丈夫になってる気がする。

肌が自然治癒力を発揮できるような治療法をするとき、(つまり、薬の力で症状をただ抑えるのではなく、環境や生活スタイルなどの根本的な原因を改善しながら症状を出しきり治癒していくのを見守ること)、良くなる前にはいったん症状が悪くなるのは、何度も経験している。

そのたびに、ひどいときには落ち込み、苦しく、何度くり返しても、この感覚はなくならない。

でも抜けだすと、より良くなっている。
気分もようやく前向きになる。

よゆうがでて思うのは、冬至からの切り替えかもな〜ってこと。
変身のときかな。


はやく春来い。
(と、なぜか言いたくなったの^ ^)

春先は、冬の間に固まってた体がひらいていくから、またデトックスあるけどね。





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あたらしい年おめでとう


あたらしい年、おめでとうございます。



どこかで読んだけど、
おめでたいから、おめでとう、というわけじゃなくて、

あたらしい年をおめでたくするために、おめでとう と言いあうって。

それがなんだか素敵だな、と思って、
あちこちで誰もかれもが言ってるから、、、とか遠慮したりせずに、
たくさん言おうと思った、少し前。


いつも読んでくださってありがとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

素敵な年にしましょう☆



この前引かせていただいた、インナーチャイルドカード。

蝶々の羽、わたしにも付いてるそうよ (*^^*)ってことで、お気に入りです。


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できるようになること

おととい、天王星が順行になった。
天王星は、私自身の声を、つよく主張する。
跳びあがって、揺れて、わかったこと。
もちろん、ずぅと胸のうちでモゾモゾしていたことではあるけど。

天王星が順行になるとは、胸のうちであたためていたものを、表にだすこと。
だから、はっきり目の前にあらわれて、
分かりました!となった。

自分をより生き生きさせる環境をつくろうってね。




はじめから全部できるわけじゃない。

今の自分のままでいいわけじゃない。

種が芽をだし根をはって、
葉を広げ、
花を咲かせて実をつけて、、、

そんな風に人も育っていく。

種のなかにすでにある可能性は、
自分そのもので、
それはそのままでいいという意味にもなるけれど、

せっかくこの世に生まれたのに、
種のままでいるのはつまらない。
その必要もない。

根を葉を花を広げて、
いろんなことを味わうといい。

種のもつ可能性を、
目にみえる形にして表現すること、

この世を自分の姿で味わい、
いろんなことを経験して、
いろんな自分を発見するのが、
この世に生まれた意味のひとつかもしれないなー。

自分自身でいること、
そのための環境や材料を手に入れること、
自分のなかに潜んでいる可能性を発見すること、
そして世界を体で心で味わうこと。
それが今私のやるべきこと。

自然治癒力と星を読むこと


星を読む、とは、特別なことの感じがするかもしれない。


でもわたしは、専門家にならなくても、日常的に自分の心や体、運勢をととのえるのに、占星術のこと、基本的なところくらいを、あたりまえの知識としてみんなが知っていたらいいな、と思う。

星のうごきと自分の心と体のリズムがつながっている、という仕組みとして。



たとえば、昔とちがって、体や健康についても、情報や知識が多くなったと思う。

とくに私は、ホリスティックに体や心を診る、ということを知って、アトピーとの付き合いかたが大きく変わった。

薬に頼らず、自然治癒力で改善できるのだ、と知らなかったら、いま私の肌や体、そして生活は、どうなっていたか分からない。

自然治癒力に目覚めるまえは、薬で弱った肌はボロボロで、痛みで肌を空気にさらすのがつらく、引きこもって無気力になっていっていたのだから。


まだ完治したわけではないので、無理しないようにはしてるけど、こんなに元気にふつうの生活が送れていたかは分からない。



見えていない心にも、体と同じように、新陳代謝や治癒力、そして成長する力がある。

“こうすべき”という思いこみが強すぎ、内からの本当の欲求を抑えつけると、その力は弱ってしまう。


占星術は、星のうごきと人とのつながりを知り、流れと調和して、本来もっている生命力を生かして生きるのに役立つ。

それは自然治癒力を発揮することと同じかも。







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機が熟した

機が熟した、ってすごい言葉だってふと思った。

機 というのは、「ものごとが始まるきっかけ、はずみ」などと書いてあった。

熟す、って果物や実がなって食べごろになった光景が目に浮かぶ。

どんなに頭で考えて焦っても、
延々とただ歩きつづけているように感じて飽き飽きしても、
機が熟してなければ、その時ではない。

機が熟すまで、しなければならないことってあるのだろう。

そのタイミングが来ても、熟すまでに、必要なことをしていなければ、思う果実ではないんだろう。

スローに感じても、歯がゆくても、やっていたら歩きつづけていたら、思う以上に豊かに実っている時もあるんだろう。

武装解除


いま目が覚めたら、
『武装解除』って言葉が、頭に浮かんでいた。


自分もあたりまえにふくめて、
人って、いろーんな形で武装しているんだな〜と、あらためて思う。

「あー重たいな」、と気づいて、
やれやれと、動きを鈍らせていた鎧を脱ぐ。


その重たさに気づくのは、
どんな時だろう。


ポカポカと陽射しが暖かい、爽やかな風が吹く草原にたどりついた時だろうか。

誰も自分を傷つける人はいない、と安心できたとき?

鎧はなくても、自分が充分にしなやかで強靭だ、無敵だ、と確信できたときかな?

この鎧を着てるから、まわりの人が警戒して、戦いを挑んでくるのだと気づいたとき?

鎧よりもよい方法があるのを知ったとき?(まわりの人が手を差し伸べたくなる知恵とか工夫とか)

鎧がない方がアレコレ楽だと心底思ったとき?

軽くてしなやか、オシャレな今風の鎧が手に入ったとき?


ただツラツラと考えてみてる。

ストーリーガール


わたしは昔は活字中毒で、身の回りにあるあらゆる活字を読まずにいられなかった。

ファーストフードのトレイに置かれた紙のシートとか。
裏側もひっくりかえして読む 笑

バスや電車の中吊り広告も。。
道路標識も。。。

もちろん、本を読むのも大好き。


両親も本好きだったから、実家にはたくさんの本があり、小学生のときに、それもほぼすべて読んだ。(父の難しい専門書を除いて)

すでに物置にしまわれていた本も、ダンボール箱からひっぱりだして、物置の中の長イスのホコリを払い、そこに寝っころがって読みふけっていた。


古いペーパーバックは、表紙もぺージの紙も黄ばみ、活字が細かくせまい間隔でならんでいた。

知らない漢字もけっこうあったんだけど、好奇心というか、中毒症状というか、そこはなんとか、とにかく読んでいた。


いまは、専門書など必要な本しかほとんど読まないのだけど、(町中の字も目についたら読むくらい)、この中毒症状は、なくなった訳ではない。



ホロスコープを読みはじめて気がついたのは、わたしは人が好きなんだな、ってこと。

人が何を感じ、何を考え、どんな風に生きているのか、の物語が好きなんだね。

だから、本がホロスコープに変わっただけなんだなー、と。


ホロスコープは、その人の物語。

まだ現実に姿をあらわしていないストーリーも読みとれる。

細やかな素材はすでにその方の現実の生活や、頭や心のなかにある。


星読みセッションは、私がホロスコープのガイドをさせていただきながら、その方とお話をして、その物語をとりだしていく作業だな、と思う。




ストーリーガールは、子どもの頃に気にいっていたモンゴメリの小説。
題名も素敵☆。
私はもうガールではないけれど、物語を紡ぐ人、のイメージで。






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