メキシコにいます^ ^


仕事でメキシコにいまーす





知人が、ですけど(^o^)



知人は会社勤めをしている。

今年度からはメキシコ・アメリカ担当になったそう。


でさっそくの、渡メキシコでメキシコご飯。

ご飯は美味しい!とのこと。






海外気分がいい感じ、と思って画像をもらってアップしてみた。




知人のホロスコープで適職を読むと、海外、交渉、大きな組織のなかで(または政府の仕事)、あたらしい何かを創りだす、という要素が強い。

特に “ 海外 ” はきわだっている。


今、ぴったりの仕事をしてるんだなーと思う。



会社に入ったばかりの頃は、与えられた仕事は何でも懸命にこなした。

経験をつみ、海外であたらしい会社を立ち上げる、という仕事をしたあたりから、自分の力のいかしかたが分かってきたと言っていた。30歳を過ぎた頃かな。



ちょうどその話をした時は、海外担当から国内勤務に異動になって、しばらくした頃だった。


仕事自体はうまくいっているが、もっと自分の力をいかしているという手応えが欲しい、と感じる、と。


わたしにも、その時の知人は、何かしっくりこない、焦燥感をもっているようにみえた。


その後、会社の人に相談して、もとの海外担当にもどったそう。




知人にホロスコープから読んだ適職の話をしたことはない。

でも本人は体感でちゃんとわかっているんだよね。


ホロスコープは本人をこえない。

ホロスコープに人をあてはめない。

人は自由意志をもち、ホロスコープよりも深く広く大きいのだから。



ホロスコープは、その人自身のなかでおこっていることを理解するガイドとして使う。


ホロスコープを通して、「そうなんだよね」と再確認することで、もともと持っている自分の感覚をより信頼できるようになる、そうすると行動にうつしやすい、のがよいところとわたしは思ってる。



もちろん、自分がまだ気づいていない、あるいは否定的にとらえている、本来の才能を、とりもどす役にも立つ。



自分の感覚をはっきり分かっていて行動にうつせるタイプの人は、自分の内側にあるコンパスを信頼して進む。

そのコンパスは誰でも内側にもっている。


そこまでまだ内側の感覚を確信ができないとき、いつもは自分を信頼しているけれど、迷いを感じたとき、にはホロスコープを読むのはよいですね。


ホロスコープを読むとは、自分のなかにあるコンパスをいったん外にだして、目で確認してみるってことだから。



自分の感覚を信じて進める時でも、ホロスコープを読んで(あるいは占星術師との対話を通して)、自分の内側にある感覚をしっかり認める、という段階をとりいれると、その感覚をさらに自分のなかに落としこむことができる。

それは安定とスムーズさにつながる。


そして、眺めることで客観性がうまれて、そこに、またあらたな何かがうまれるためのスペースがあく。

それは柔軟さや創造性を発揮しやすくする。




天才には14歳で何かが起こる説 その2


前回の記事(http://chie909.jugem.jp/?eid=822)のつづきです。

ユーミンは14歳ではじめて作曲をした。
安室奈美恵さんは14歳でデビューした。
宇多田ヒカルさんは14歳ではじめて作詞・作曲をした。
それで、ミッツ・マングローブさんがこう言ったとか。
「世の中の天才と呼ばれる人の多くは何かが14歳で起きている。」


これを、占星術の星の周期で考えると納得する。

生まれた時に空にあった土星は、およそ29.5年でもとの位置にもどる。

もとの位置を0度として考えて、
7.4年で90度、
14.8年で180度、
22.2年で270度、
29.5年で360度。

この後も約7.4年ごとに、土星意識が強くはたらくタイミングがくる。


さて、土星意識が強くはたらくタイミングには、何が起きるのか。

土星意識は、これまで築いてきた建物(現実的な成果、仕事や家庭、社会的立場)をまず徹底中にしらべる。

ムダやムリがないか?
老朽化は進んでいないか?
その人の本質にそって機能しているか?

ムダやムリがあったり、老朽化していたり、本質からずれていると、いったん壊して、土台から建てなおすことになる。 
軌道修正ですね。

ムダやムリがなく、いま必要な機能が働いていて、その人の本質にそっていれば、バージョンアップさせる。
次のステップを実現するということ。

(土星意識はその人のなかにあるもの。空の土星が指令を出しているわけではない。
空の土星は、いまこういうタイミングですよーと伝えるだけ。星の動きは時刻表みたいなものですね^ ^。

だから、土星意識を感じて行動するのは自分。行動しないのも自由。
かなりプレッシャーを感じるだろうけれど。。

あと、その時必要なことをしなかったら、のちのちにもっと大規模な修正が必要になることもある。)


ユーミンは、バージョンアップですね。

6歳でピアノを習いはじめ、

14歳ではじめて作曲をする。

21〜22歳で、「あの日にかえりたい」がヒット、第一次ブーム到来。

30歳で、「守ってあげたい」がヒット、第二次ブーム到来。

(※ユーミンの場合は、土星の周期のおよそ1年前くらいに、空の土星が生まれた時の太陽に触れるため、土星意識が強くはたらきはじめるタイミングが1年弱早い。)


ユーミンの生まれた時のホロスコープを読むと、芸術性・創造性が生き方そのものになる人。


とても濃くエネルギーが集中している。

それを素直に発揮して生きているんだなーと思う。


11歳から三味線、14歳からベースも習いはじめている。

自伝などでくわしく調べた訳ではないけれど、芸術性や創造性を磨くのに理解がある、あるいは本人の意志を尊重する家庭だったんだろうな。


中学生から、麻布の文化人の出入りする有名なサロンに行きつけるなんていうのも、彼女の感性をさらに磨いただろうし、デビューのチャンスもつかみやすかっただろう。


本人が本来の才能を素直に育むことができ、
かつバージョンアップできるチャンスが現実に手にはいる環境にいるとき、天才は生まれるのかもしれない。




ところで、一般的に天才って、ほかの人よりダントツに秀でていて有名になった人、というようなイメージがあるんじゃないかと思うけれど。(私がそう思うってことかしら?)

天が与えた本来の才能をいかした人、ととらえると、誰にでもあてはまる。
有名になるとかは関係なくて。



どうしてもそうしてしまうこと。

周りからは苦労のようにみえることがあっても、本人はエネルギーを使っても苦痛とは感じず、熱心にとりくめること。

あたりまえのようにできること。

はじめは好きとは思わなかったけれど、やってみたら向いてるとわかること。


いろんな形でみえてくる、自分にしかない才能。


世間や常識、ほかの人の基準に合わせすぎていると見失うけれど、その人の独特さっていうのはみんなもっている。
おなじ人なんていないもんね。


早熟なのがいいわけでもなく、それぞれのタイミングがある。

素直にそれを花開かせていけたら素敵。


そのもっている才能がほかの人の助けになったり、喜びになったり、世の中で循環しはじめたとき、豊かさもうまれる。

土星はそうやって社会のなかで循環させるための洗練や方法を意識させ、いかすタイミングを教えてくれる。

天才には14歳で何かがおきる説 その1

最近、松任谷正隆さんの本を読んでいる。



占星術の研究のためだけど、個人的にもとてもおもしろい。


よく知っている曲が生まれた裏話を知ると、すぐに聴きたくなってしまう。


ユーミンがまだ荒井由実としてデビューしたてのころ、曲によってはコーラスのアレンジを山下達郎さんが担当して、達郎さんひきいるシュガーベイブや矢野顕子さんも参加してたり。

なんとも豪華!


あらためて『ルージュの伝言』のコーラス部分をじっくり聴いてみたりしてる。



イルカさんのために正隆さんがアレンジした『なごり雪』のイントロは、雪が舞いおちるイメージ。


それは聖子ちゃんの『赤いスイートピー』のイントロにつながっていくとか。


どちらもよく知ってる好きな曲なので、聴いてみてなるほどーとなってる。



それで、ユーミンにも興味が湧いてきた。

歌はとても好き。

でも、その存在を知った時にはすでに有名で、いるのがあたりまえのようだったから、どんな人かなんて考えたことなかった。



中学生の頃から、文化人のサロンとして有名だったイタリアンレストラン:キャンティに出入りして、14歳ではじめて作曲。

高校生でプロの作曲家として事務所と契約をした、早熟の天才少女だったとか。


はじめは作曲家になるつもりだったけれど、業界の方に説得されてシンガーソングライターに。


その後の活躍はきっと誰もが知っているね。



そして、ユーミンのウィキペディア(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/松任谷由実)を読んでいて、さらに興味が別の方面へと。。(^-^;


ユーミンは14歳ではじめて作曲をした。

安室奈美恵さんは14歳でデビューした。

宇多田ヒカルさんは14歳ではじめて作詞・作曲をした。

それで、ミッツ・マングローブさんがこう言ったとか。

「世の中の天才と呼ばれる人の多くは何かが14歳で起きている。」



これは、そうかなるほどなーと、思った。

星の動きで読むと、納得の周期だから。


生まれてからおよそ7年ごとの周期は、誰にとっても大事な時期にあたる。細かくは個人差があるけれど。


でもたいていの人は、7歳とか14歳では自分のこととして意識しにくいんじゃないかな。


まだ大人の保護のもとにいて、主体的に生きている人は少ないと思うから。


だから普通だと、だいたい29歳前後でようやく自分ごととしてガツンと感じる周期と言えます。


と、星の動きについては長くなるから、その2(http://chie909.jugem.jp/?eid=824)に書きますね(^_-)




私の肌の症状のこと

この話は、わたしが今、たぶんいちばんナーバスになってしまうことで、過剰に反応してしまうのもわかってる。

だからかな、いまの体調をうまく説明することも難しいのですが。


時にはちゃんと説明して伝えられたらなー思う。


周りの人が、この状態の私をただそのままに受け入れてくれたら(すっかり理解することはできないとしても)、気持ちがラクだからね。


今でも、周りの人たちが、ほぼそのままにこの状態を受け入れてくれてるって感じてはいる。

ただ、書きたくなったので書いてみる。



重たい話なので、興味のある方、余裕のある方だけお読みくださいね。



*****


私のいまの肌の症状は、脱ステロイドの後遺症で、肌が変形していてちゃんと機能できていないから、普通の人のようにバリア機能も働かなくて、いつも痛くてかゆくてしんどいって感じです。


脱ステロイドについてはいろいろ言われているし、ステロイドはちゃんと使えば悪い薬ではないと説得される。


けれど、その“ちゃんと” はとても難易度が高く、軽い症状の人はうまくいっても、アトピーの症状がでてしまった生活の改善や過度のストレスをなくす、などしなければ、アトピー反応は起こり続けるから、ステロイドを一時的にしか使わずに辞めることはむずかしい。


しかも、当時私がかかっていた医師は、生活改善などのアドバイスはほとんどなく、薬を使ってもよい期間をくぎらず、いつもただステロイドを出すだけだった。症状がおさまらず、どんどん強いものになっていった。

わたしも副作用のことなどあまり知らなかった。


だから、今、脱ステロイドをしたのがいけなかったかどうか、など議論のようなこともしたくはなくて。


ステロイドを使いすぎると、肌の機能が壊れるので、はじめのアトピーで苦しんだ症状(これですら相当つらいのに)が何倍にも酷くなったようなひどい痒さや痛みを感じ出す。


ついにはステロイドを使っても効き目はなくなり、肌は薄くなり赤く腫れただれ体液がにじみ服ははりつきます。

この時は気が変になりそうな痒みと痛みもでてきます。


当時は知識も多くはなく、ほかにしようもなく脱ステロイドを始めました。

肌はボロボロで離脱症状は想像を絶するほどきつくて最初の1年間は地獄のようでした。


その時の体験をすっかり書ききれることはないと思う。



考えてみると、今と同じ知識があっても脱ステロイドをしたと思う。

効き目もなくなり、肌も異常な状態になり、使い続けることはできなかったのだから。


さらに言えば、もっとはじめからやり直せるなら、ステロイドを使わず、環境(過度のストレスを感じていた仕事も含めて)生活改善、体質改善にとりくんだでしょう。


(ステロイドは、使い方がうまくいかなかった時の離脱症状の酷さからも、安易に使う薬ではないなと感じてます。


信頼できる医師と一緒に使い方を理想どおりに厳密に守れる症状の方はきっといいのだろうけれど。)



そんなこんなで酷い時期をすぎて、なんとか動けるようになって、まだ肌は普通にはなってはいなかったけれど、仕事もしたいこともあるし、できる限り普通に生活していました。


ただ、いつも痛み痒みがあり、疲れた時や季節の変わり目などには、しょっちゅう発作のように、あの酷かった症状が全部ではないけれどもどってくるので、とうとう耐えきれなくなり、もう一度ちゃんと療養して、すっかり普通の肌にしよう、と決心して、食事療法や入浴療法を再びはじめていまに至ります。


肌の力が弱っているから、刺激になることをなるべくやめて症状をおさえつつ、本来の自然治癒力を発揮しやすくする。



だから時間もかかるけれど、ステロイドを使っていたとき、そして離脱症状の酷いときのような、肌の奥から湧き上がるような吐き気におそわれるような痒みと痛みはずいぶんなくなりました。


いまは、状態がよいときや、緊張しているときは、数時間はふつうに過ごせるけれど、緊張が解けたあとは、どっと痛み痒みがでます。

肌には、赤く腫れてるところや傷が、まだいつもあるから。


入浴療法を再びはじめて、ちょうど4ヶ月目。はじめはリバウンドなのかな、いったん悪化したようになった。

ものすごく酷い時よりはましだったけど、やっぱり肌が赤く腫れ痒み痛みが激しくなった。


けれど、3〜4ヶ月ってひとつのメドみたいで、一段、階段を上ったくらい良くなってる気がする。

波はまたあるんだろうけれど。


壊れてしまった肌の機能をとりもどすのを待つのはほんとうにしんどい時がある。


けれど、本来の身体に戻りたい、と、ほんとうに願うので続けられる。


(酷い時には自然治癒力を使う治療法の医師の指導を受けました。いまも脱ステロイドをして本来の肌の力をとりもどす治療を研究し実践されている医師の本も読んでいます。)


少しずつ身体が力を取りもどしているのを感じるので、治るって信頼できている。

ただ焦ってはいけないなーと。

身体が必要とするだけの時間は待たなきゃなぁと思ってます。




とりとめもなく書いたけれど、ここまで読んでくださってありがとう(^^)


ラクな時間もずいぶん増えてきたし、気持ちはすごく元気ですよ。



かわりはないけどほっこりしてる

少し前に東京の友だちからすっごくうれしい報告を聞いた。


彼女とは、わたしが宮崎に帰る直前に会ってたくさん話した。


その時にわたしが言った言葉が、彼女が不安になった時、つっかえ棒くらいには役にたったかなーと思えるようなメッセージをくれて、胸がキュンと感動した。


自分を信じて進んだのは彼女自身だから、わたしの言葉がなくたって幸せになったと思う。

それでも、支えになったよ、と伝えようとしてくれる気持ちがとってもうれしい。


最近のわたしは心がほっこりあったかい。


報告があったからというより、そういうやりとりをしながら、ものすごく温かい何かが心にあふれてくるのがわかった。

彼女に対してだけではなくて、このところいろんな時によくそう感じる。


いまは体調的にはしんどくて余裕のない時間も過ごしているし、いろいろやりたいこともやれないフラストレーションもあるにはあるんだけど。


ムリしない自分自身でいられていて、心の底のいちばん大事なところでは安心しているんだろうね。









待ち受け画像と羊毛とおはな


ほぼ日のサイトで良いものを見つけた^ ^


「福田利之のホーム&ロック」

https://www.1101.com/homelock/index.html 


素敵なイラストをダウンロードしてスマホの壁紙にできる!


今月はこちら♪


絵本のようにかわいくて、最近よく聴いてる、‘羊毛とおはな’ の、「大きな木と小さな鳥」って歌に雰囲気がぴったりだなーとなごんだ。

さっそく待ち受け画面にした。



この歌がyoutubuになかったから、ほかの好きな歌を。


最近は季節の変わり目やらなんやらで、わたしはまたもやいちだんと不調の数日です。。(T ^ T)


(少しずつ改善してて安心してたら、ときにこんな風にガクッと落ちる波がある。

アトピー体質の脱ステロイド後の肌の回復には、期待するより長い時間が必要のようだとわかっているので、気持ちはそこまで落ちこまないけれど。)


こういうものを見つけるとうれしくなる。



お気に入りの猫の動画

 

このまえ、庭先を三毛猫が歩いているのをみつけてうれしくなった。

 

ずいぶん前、実家で猫を飼っていたとき、猫がとても愛情深いのを知って意外だった。

イメージ通り、けっこうクールではあったけれど。

 

たとえば、いつもよりも帰りが遅いと、玄関で待っていたり、

へんなところで寝てしまったりすると、ちょいちょいと手で頬をさわって起こしたり。

 

試しに、明日の朝、6時に起こしてね、と言ってみたら、ほんとうに起こしにきてくれたこともあったな。

 

 

この猫ちゃんもたのもしい (^-^)

 

 

 

 

” 不幸せ ” のつくり方

 

” 不幸せ ”な気分に落ちいるとき。

 

いまのありのままの自分の現状を、認められない、許せない、ときだなぁと最近あらためて気づいた。

 

たとえば、いまのわたしのありのままの現状といえば、肌の改善のための療養中。

 

アトピー体質にはじまり、ステロイド使用、その後脱ステロイド、とつづき、

痛み過ぎてしまった肌は、健康的なやわらかさを失っているので、固くなってしまったところがいたむしかゆい慢性的な症状になっている。

 

改善のための環境を整え、ゆっくりと時間をかけて根気よく身体の治癒力を応援する。

身体が治癒していくのに必要な時間は身体が知っている。

 

 

だけど頭は先ばしりしやすくて、「もうこのくらい長くやっているのだから、このくらい改善してもよいのでは」と期待する。

 

そうすると、その期待にこたえられない身体のペースを認めることができなくて、もどかしさや焦りを感じたり、悲しくなったりする。

 

 

わたしのなかで、「期待する気持ち」と、「実際の治癒にかかる身体のペース」が分裂している。

これが、苦しさや不幸せ感を生んでいる。

 

 

 

でも、より早い改善を期待するわたしが悪いわけでもない。

行きたいところも、会いたい人も、やりたいこともあるもんね。

 

 

 

ただ、いまは、身体の症状が圧倒的に助けをもとめていて、それには安静と時間が必要で、そこを認めて尊重しているときに、わたしはいちばん安心できて心地よいんだ。

そしてその状態だと、身体がそうとう修復されてラクになっているんだってことも素直に実感できる。

 

だから、落としどころは、他のいろんな望みや期待の声にふりまわされずに、身体のペースを優先させて過ごすこと。

その在り方をあらためて最近確かめた。

 

 

期待するわたしの気持ちも認めてる。

それは、わたしの中に居場所をもらって、安心してやりたいことをやれるタイミングを待っている。

 

 

 

 

心がなごむ(^-^)、ギリシャのサントリーニ島の景色。

 

 

きんきょう その6

皆さま、お元気ですか。


1月はわたしの身体にとってけっこうヘビーな期間。


今年もそうでした。


(それに、今年は星まわり的にも、シビアな空気感でしたしね。)


それもあって、もうすこし、身体が治ろうとする力を後押ししようと、新年そうそうあらたなアイテムを取り入れてみた。


それでずっと肌に好転反応がでていて、まぁそれも辛いのですが、身体そのもののパワーは強まった感じで、よい方に動いているんだと体感があったので、なんとかのりきり、今日あたりから、ようやく落ち着いてきたかな。


油断はしないけど、症状がラクになると、とてもほっとする。


身体の回復って、かすかな変化はあるものの、しばらくはほぼ横ばい状態が続いて、あるタイミングでぐっと上がるように思います。


勉強とかなんでもそうだろうか。。


横ばいの時は、しんどかったり、もどかしくて焦ったり、つかれてやる気が保てなくなったりしやすい。

ここをのりきると、ぐっと上がる時がくる。



すこしずつ改善している。

でもステロイドなんかで痛みすぎてしまった肌自体はまだ普通になってはいなくて、修復するには時間が必要。

ゆったりいこう。

いたみかゆみもあるので、まだ療養はつづきます。疲れると悪化するし。

身体はムリしないペースのまま過ごします。


気力は余裕がでてきたので、ゆったりしながら身体を使わずできることをしよう、とまずは英会話をきき流すように、聴いてます。


まだリスニングしての理解度は横ばいだけど、ここをのりきるぞ、と書いておく(とできる気がするから 笑)

かえってくるペンギン

 

助けてもらった男性に、毎年数千キロ泳いで会いにきていたマゼランペンギン の話。

 

CBC News

https://www.cbc.ca/news/trending/dindim-penguin-1.3487668

 

この話を紹介していたブログはこちら

https://ameblo.jp/nomadodiet/entry-12433213904.html 

 

 

ブラジル、リオデジャネイロの沖合にあるグランデ島に住むJoaoさんは、2011年に、自宅近くの浜辺に打ち上げられたマゼランペンギン をみつけた。

そのペンギンは原油にまみれ、飢え死にしそうになっていた。

 

Joaoさんは、そのペンギンを保護し、Dindimと名前をつけて、体力がもどるまで、毎日餌をあげていた。

 

そして、元気になったDindimを海へかえそうとするがなかなか言うことをきかない。

 

しょうがなく、ボートで沖まで連れて行き海に放して浜辺に戻ってきたら。。。

 

なんとDindimは、Joaoさんのボート小屋の前で待っていた(゚o゚)

 

それから11ヶ月間、Dindimは、Joaoさんと一緒に暮らし、ある日海に帰っていった。

 

Joaoさんは、Dindimは故郷にかえり、もう自分のところにもどることはないと思っていた。

 

が、

数ヶ月後、Dindimがもどってきた!

それから毎年、6月〜2月の間、DindimはJoaoさんのところにもどり一緒に暮らすようになったという。

 

*****

 

マゼランペンギン の生息地はアルゼンチンとチリの海岸で、ブラジルのJoaoさんの家にもどるには、3000キロ〜数千キロは泳がなくてはならないんだそう。

 

6月、Joaoさんの家があるグランデ島をめざして泳ぎはじめるその瞬間。

Dindimの身体のなかには、どんな感覚が生まれているんだろう。

 

知能が高くても、例えば「恩を返す」とか理屈にとらわれたりはしないと思うから、何か純粋な感覚が身体のなかに湧いて、それに素直にしたがうんだろう。

 

もともと野生の生き物だからなおさら、ただ安全に生きるという本能をこえた(ある意味危険な)行動をとってまでもどってくる姿に、なんだか不思議さと愛おしさを感じてしまう。

このちっこい姿♡