わたしの根っこ

今夜、19時30分に、太陽がおひつじ座にはいって、春分。
あたらしい1年がはじまる。


昨日は、家族みんなが集まった。
たぶん、10数年以上ぶり。



わたしにとってこの1年間は、体質改善もふくめて、ムリをしていたことを手放して、心地よいもので生活を満たしていく、時期だった。

とくに、冬至からの3ヶ月は、強烈にまた症状がでたり、かなり徹底的なデトックスだったなぁと思う。



家族みんなで集まることが決まる前から、わたしの家族に対する感じ方がかわってきてた。

わたしは、この家族という根っこから伸びた茎のひとつなんだなー、って素直に思えるようになった。

ガマンをやめて、のびのびするようにしたら、だんだんそうなってたんだな。
からまっていた重たい感情を、解くために必要なツールとも出会った。


これまでは、というと、サポートしてもらってることは頭では分かりつつ、どこか寂しさや、離れた感じがあったと思う。



集まって、あいかわらずだなーのみんな。

懐かしさと安心感がすぐにわたしを包む。

そして、息苦しく、モヤモヤしていた気分も思いだす。
それぞれの個性がぶつかって軋(きし)み、モヤモヤを生む時もあるから。


だけど、わたしはもう、自分の心を守ることができる。


今のわたしは、心地よいものを選びとると決めている。


昨日の夜も、兄弟や両親と話しながら、ある場面では、心地よくない自分を見つけた。

ゆれる心に寄りそいながら、その当時の自分の感情を味わった。
理解したこともあった。

家族の圧迫感に飲みこまれず、ほどよい距離感でいられる、自立した今に感謝もした。


過去から浮かびあがった息苦しい靄(もや)が晴れたいま、わたしはさらにスッキリと自分自身になれたみたい。


あと数時間で春分で、あたらしい流れがはじまるところ。

心地よく自分で在ろうと決めたわたしの意図。

心と体にセットされた潜在的な時の流れが、その意図にそったものとして現実になり。

その過程は、頭ではコントロールできない。
頭では、もっと早くとか、焦るけど、心と体は分かっている。

そして、その時刻表は天空の星のうごきにもあらわれている。

なんて神秘的で、調和した、自然の力だろう。。




**********


家族での食事会のまえに寄って、ゆっくり過ごした絵本館(いたばしボローニャ子ども絵本館)で、惹かれた絵本の表紙。


マダム・バタフライ

変容の蝶々、だね〜(^^)


絵本館のてまえに、綺麗な神社があったので、お参り♪

小さいけれど、賑わってた。
過去をクリアにするのに向いた場所だったみたい。

ありがたや☆


食事が終わって、気持ちよい風がふく、川ぞいのステキな遊歩道を歩いて帰る夜。

みんなで集まったのが楽しくて、うれしかった甥が、
「僕、この家に産まれてよかった。」と言う。

そうだね、わたしもいま、そう思ってるよ、言葉にしてくれて、ありがとう。


中原中也を読む、甥っ子、14才☆

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL