体の奥とつながった心の声は道しるべ

この記事は昨夜いったん書いたのだけど、なんとなく違和感があって、ひと晩眠ったら、頭がすっきりして分かってきたので、書き直し。

 

 

長くて、まとまりきらず読みにくいかもしれません。

そして、気付いたことがあったら、また書き直すかも。。。

 

そんな記事ですが、読みにきてくださって、ありがとうございます。

 

 

国立天文台に行ったあとで思いだした、わたしの内側にいた、ヤービ君。

 

ヤービという、ハリネズミみたいな不思議な生き物の男の子。

 

虫眼鏡をもって川辺や森を歩きまわって、いろんなものを調べるのが好き。オトナになったら学者になりたい。

 

わたしは、実は7年前に彼を見ている。

 

 

7年前、占星術で何かできるんじゃないかなと九州から関東に引っ越してきたとき、わたしは、まずはじめにフォーカシングのセミナーを受けた。

 

このセミナーを受けるのは、直前、ふとしたきっかけで決めたの。(今は偶然ではなかったと思うけど、なんとなく気になった本から繋がった流れ。)

 

このセミナーに参加するまえには、実際にフォーカシングの個人セッションを受けなきゃならない。

 

それで申し込んだら、ちょうどフォーカシングの分野では著名な方の担当の日だった。

 

先生は、自然で軽やかなコミュニケーションをされる、キリッとしつつも気さくな雰囲気の女性。

 

自然な会話の基盤には、もちろん研究と洞察と身につけた技法とでつくられた安定感がある。

 

たぶん先生の対応が合っていたのもあり、わたしははじめてフォーカシングをしたのだけど、おどろくほど自分の内側を感じることができた。

 

この時に、このヤービ君、実は現れていたんだよね。そのものの姿ではなくて、小さな妖精みたいな男の子だったけど、していたことは同じ。

 

野原で遊んで、拾ったものをもちかえって、調べたり磨いたりしていた。明るい洞窟みたいな部屋で。

 

「自然のなかで遊んで、みつけた素材をそのまま生かした美しいものをつくろうとしています。ひとりでこもってした方がやりやすいみたいです。」と言うようなことをわたしは言った。

 

先生は、それがわたしの現実の生活のなかで、何に関係しているか、感じられるか尋ね、わたしは分かるような気がうっすらしたけど、それがあまり良いと思えなくて、曖昧な答え方をした。

 

でも、先生は感覚がやはり鋭く、あなたは本当はそれを求めているんじゃないかしら、というようなことを、さらりとおっしゃった。ぜんぜん押しつけがましくはなくて、わたしは首をふって、「分かりません」、と言ってから、もしかしたらそうかもしれないけれど、今は、しなければならないことがあります。というように説明したと思う。

 

フォーカシングはあくまでも本人の気づきが大切なので、アドバイスしたりはしない。それはコントロールだから。

でもガイドはする。

 

このヤービ君の感覚は、セッションの最後ででてきたので、時間も限られていた。

ふつうであれば、次のセッションへとつづく流れになっただろうね。

 

ただこのセッションは、セミナーのための体験をかねた位置づけでもあったので、先生とは、この感覚を大事にして、セミナーを受けることでまた、分かってくることもあるでしょう、というような話になったと思う。

 

そのあと、先生が講師のセミナーは3日間みっちり。

 

わたしはこのセミナーのはじめのフォーカシングの時に、自分の心がクリアボックスみたいなものが重なった、大きな棚のならぶ倉庫みたいになっていることに気づいた。

 

生々しい感情はそのボックスに整理されて、外からは半透明のクリアボックスごしに、ぼんやりとしか見えない。

血のような色をした赤い感情は、クリアボックスにはふさわしくなく見えた。

 

このセミナーでは、何度もフォーカシングをして、わたしは、ヤービ君的な自分を認めることはできた。

ただ、そうしたい自分がいることは分かっても、実際に行動にうつすことができなかった。

そのために、いったんフタをして保留したんだと思う。

 

これは自分で分かったうえでしたこと。

上手くいくのか分からなかったし、自信もなくて。占いライターとか、仕事になりそうなことをした方がいいと思ったし(そのあとすぐに向いてないと分かったけど)、わたしは引き受けられない心にフタをして、頭で考えた方向へ進んで行った。

 

だから、たとえ、この時にもっとハッキリ言われたとしても、その時には、こうする方がいいはずだと決めていることがあり、まだどうしたらいいのかも、うまくできるのかも、自分を信頼しきれないこの時の私は、受けいれられなかったんじゃないかな。

 

たとえまわり道のようでも、体験をして、そして、思うことは、とっても大事と思う。その機会はわたし自身のもの。

その過程のなかで、自分への信頼をとりもどすこともある。

 

いま思えば、占星術なんかのツール(虫眼鏡)を使ってわたしがしたいことはそれだったんだよね、はじめから。そのままを観察して、理解して、読み物として伝わるように書いてみたい。

 

結局は、いまの場所にたどり着いたのだからいいし、いろんな経験に感謝している面もあるから、後悔とかではないの。

今後にいかせる学びもある。

 

むしろ、その望みをかなえるために、自信がないながらも、葛藤し迷いながらも、心の奥の何かが指ししめす方向へと歩いてきたから今にいたる、ということだろうな。

今のわたしが手にしている学びの場やご縁は、ヤービ君的わたしを育める豊かなものだと感じるから。

 

 

はじめ書きたかったのは、『心がうったえていることを見たとしても、軽く受けとめたり、否定的にあつかってしまうことは多いってこと。心の存在の重要さを理解しないかぎりね。』

だったんだけど、いったん書いた後で、心が動いて焦点を探していたら、少しずれていた。

 

この話で思うのは、自分の中の真実に気づいても、それを自分のものとして受けいれたり、形にしたりするのには時間がかかることもある、ということ。

 

 

自分の中にたくさん道を示しているものはあるけれど、受けとめられない時期もあるんだろうね。

 

そのサイン自体を見つめられない時もあれば、見つめても環境を変えることが難しく感じる時もある。

今はまだ力が足りないと自信がもてない、とかも。

 

わたしは、ずっと観察的な書き方をしてはいたんだけど、その自分をどこかで否定的にとらえていたんだと思う。

ちがう自分にならなければ上手くいかないと無意識に思いこんでいたことに、今回気づいた。

 

ここまで、そうとう、いろんなものを解き放してきたけれど、まだこんな思いこみから解放されきっていなかったとは。

 

自分への信頼をもて、無力感からの解放、があって、やっと手放せるのかもしれない。

一歩一歩、実際に重ねてきた体験が、自分への信頼を強めてくれた。

 

もう今は、体にリンクした心の声を聞くことがふつうになってきたから、あの当時のわたしに、ちゃんとここにたどり着くから、と言ってあげられる。安心してね、大丈夫だから、と。

 

これは、未来のわたしから、いまここにいるわたしに聞こえる声でもあるみたい。

いま行くところを見つけたわたしは、前ほどには怖がって無力に感じてはいないけど、やっぱりはげまされる。

 

 

 

 

 

星の使者

今日、わたしが行った場所♪


2、3日前に、国立天文台のキャンパスが開放されていて、見学できるという記事を目にして、気になってて、


今日はいい天気で出かけたくなり、ちょうどいいや、と行ってみた。



テクテクと構内を歩きながら、静かに胸がざわめいてる。


感じてるのは、親近感・・・?とはじめ思ったけど、ちょっとちがう。

そうだ、シンパシーだ。


シンパシー:共鳴、してる。



ここは、太陽の黒点を観測する第一赤道儀室。

1938年から61年間、太陽黒点のスケッチ観測をしてデータを世に送りだしていた。


いまは、最新の自動式の機械に現役をゆずり、見学用に保管されている。




今日の黒点は2個だったよ。すくないね。

いまは太陽の活動が活発でないそう。




緑でいっぱいの気持ちいい道を歩きながら、いろーんなことが頭に浮かぶ。


こんな専門機関には、そこに関わった人たちの集合意識が濃ゆく存在してるはず。


わたしはそれに触れに来たんだなぁと思った。

神社に参拝するみたいに。



きっと、何らかの意志をもって、ある集合意識に触れると、コードのようなものが接続される。


思いあたるのは、一昨日の自分がツィートした言葉。


“ わたしの月♡のサビアンが”バロメーター”という大気圧なんかをはかる測定器ということで、自分がなぜか毎日の星のうごきを読みたがる生き物だということを納得して受けいれました(←いや実は楽しいの 笑) ”

https://twitter.com/chierik/status/865681692828123136


天文学者の集合意識に接続されたかな〜(^.^)♪




点と点がつながって、ひとつの物語が織りなされる。

これは単なる空想かもしれないし、不思議な意味のあるインスピレーションかもしれない。


どちらでも構わなくて、それを信じるか信じないかはわたしの自由だ。

信じたことが自分の現実になるのだから。


そして、わたしはこの物語を信じる。

楽しくてワクワクするような冒険のように感じるし、わたしの体にもしっくりと落ちてきたから。


きっとこれは、わたしがこの世で楽しむエピソードの一つ。




そういえば、子供のころから、わたしは住みたい家を設計する空想が好きだった。


よく描いていた家には、六角形の塔のような細ながい部屋があった。

まわりはぐるりと窓になってる。


まだ占星術も天文学も知らないときだったけど、あれはもしかしたら天文台なんじゃないかな〜、なんてね。




こんなことを考えていた時間は、空の月がキロンに触れているタイミングだった。(今日の星のうごきはこちら⭐http://chie-astrology.com/20175-21


キロンは、痛みを乗りこえて身につけた賢さや癒しの力を人のために役立てる、という意味をもつ。


そして、空のドラゴンヘッド(未来へつなぐ縁)は、いまちょうどわたしのアセンダント(わたし自身を意味する)に重なっている。



心残り、のような、かなしさ、のようなものを含んだ想いを、未来への希望へとつなぐ、何か。

たしかに、それがいまわたしが胸に抱く物語の中にはある。



関連記事:森の中で宇宙とあそぶ〜星と森と絵本の家・国立天文台(http://chie-astrology.com/20170525-2


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