光(智慧)をはこぶもの

ついこのまえ、ルシファーという小惑星の意味をしった。


ルシファーは堕天使だ。

罪を犯して翼を失い、贖いのために地上におりた。


地球がほんらいの輝きをとりもどすまで、その務めはつづくとか。


その語源は、ルーチェ(luce)。

“ 光 ” を意味する。


ルシファー(Lucifer)は、光を運ぶもの、という意味をもつ。


闇に落ちたのにおもしろいよね。

単純に “ 罪を犯して ”という話ではないのかもしれない。

(象徴としてシンプルになってるけど、もっと想像力を働かせる余地はあるような。)


ルシファーの象徴するものが魅惑的なうえ、このまえに、雲間からさす天使の梯子をながめて、翼を失うイメージが湧いていたから、なおさら心惹かれた。


 

 

 

わたしのホロスコープでは、ルシファーはノード軸とスクエア。今世で果たす主要なテーマのひとつ。


それで、最近ちょっと遊んでいる易のサイト(https://tankyuu.net/eki/)で「わたしにとってのルシファーの意味するものは?」と引いてみたら、こうでたよ




ホロスコープで読んだ意味を裏うちする。

そして表現がしっくりきた。



これは、わたし自身にというより、占星術やフォーカシング仲間、分野はちがっても、人がイキイキと生きるための知恵を伝える人たち、みんなにあてはまると思った。

仕事でなくても、人生の知恵をさりげなく教えてくれるまわりの人たちも。



本質を学び、知る、ことで、とらわれているものから解放され、癒されることは多い。

(知識で決めつけるというのは、逆にとらわれるから、本質的で、その人の内面に光をあてる知恵とは、またちがうね。)



自分にもどると。

わたしは、そういう人たちと、そういう活動にたずさわって生きたいし、そう生まれついたんだなぁとあらためてすんなり分かった。

つけてもらった名前もそうだしね。

もうシンプルにそれでいいんだなと、しっかり落としこめたら、内がわの何かがまた軽く、生きるのがラクになった気がする。

 



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ルシファーはこちらの進化占星術の講座で学びました。とてもおもしろくホロスコープ理解が深まりました。

リクエストで開催可能だそうですよ!

 ↓

eu-balance/ホリスティックセラピー

http://blog.goo.ne.jp/eu-balance/e/97778d89cd74544ca67638fbf4d4c905

 


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最近よく聴いてるガブリエル・アプリン

なんだかわたしの中のルシファーのイメージにしっくりくる歌

 

ますます、、ときたら

おひさしぶりにお会いして、


「ますます…」

と言われたら、

そのあとは


「…うつくしくなられましたね。」


という言葉あたりを期待する、

のではないかと(勝手に)思いますが、


わたしの場合、


「ますます、、、







パワーアップしたね(^^)」



と言っていただくことがほとんどで、うれしいような気も?するこの頃です。




昨日、お茶会に参加してくださったMちゃんが、おもしろいことを言ってくれた。



講座の時のわたしは、普段のモードとかわり、はじまる時にガシッと腕まくりして(実際にはしておりません!)「よっしゃーやったるぞ」というような雰囲気がでているのだそう 笑


そして、講座を通して、なんだかひとつの舞台を観ていたような印象がある、とか。


昨日はさらにそれがはっきりしてたよ、と。


彼女は、直感的にものごとをとらえて、ユニークな表現をするのがとても上手で、わたしはおしゃべりが楽しくてしょうがない。


ほかにも、そうかなるほど、うまいこと言ってくれるわ♪(^O^)、という表現がいくつかあった。


そんな彼女からの言葉、わたしのスタイルのひとつの指針になるなーとありがたくいただきました。




ホロスコープから考察すると、アセンダント獅子座(ドラマチックな表現)、アセンダントにトラインの5ハウス木星(パフォーマンス・舞台・熱血)、そして、スクエアの海王星(演劇)の効果かな。



び濁音と東京紅茶

さいきんよく聴くのは、三浦祐太朗さんが歌う『さよならの向こう側』

もとは山口百恵さんが歌っていた。

 

わたしはリアルな百恵ちゃんの活躍は知らないけれど、ときどき耳にする彼女の歌はけっこう好きだった。

 

このまえ、ラジオで百恵ちゃんの長男の祐太朗さんが歌うのを聴いて、いいなぁと思った。

おだやかに、すーっと心に染みる感じ。

 

百恵さんの曲をカバーするにあたっての、祐太朗さんのインタビューをチラチラと読んでみた。

 

百恵さんは、ふだん家族の芸能活動に、アドバイスや感想など、なにも言わないのだそう。

(ふつうの番組などの感想はけっこうハッキリしてる、と夫の三浦友和さん談。家族のことはとやかく言わないようにされているんだろうなーと私は思った。そんなタイプにみえる笑、だから夫婦仲も良いのかも)

 

めずらしくひと言だけ祐太朗さんにアドバイスしたのは、

”鼻濁音(びだくおん)を意識するとよい”、だったとか。

 

それで鼻濁音が気になり、調べてみた。

 

「鼻濁音」とは、「が、ぎ、ぐ、げ、ご」のガ行の音を

「んが、んぎ、んぐ、んげ、んご」といった感じで、
鼻から向けるように発音する音のことです。

 

発音にかかわる仕事の方のサイトを読むと、鼻濁音は日本語をうつくしく感じよく響かせる発音法なので、だんだん失われているのがザンネンと書いてあった。

 

ほかの調査の記録など読むと、東北地方には多くて、西日本には少ないとのこと。

 

わたしは西日本出身なのだけど、この響きはしっくりやさしくなじむ気がする。

 

百恵さんや祐太朗さんの歌い方がいいなぁと感じるのは、この びだくおん の効果も大きいかもなーと思った。

ま〜ただそれだけなんだけど、書いておきたくなった(^.^)

 

 

そうそう、東京紅茶というのは、いまはまっている紅茶。

わたしの住んでいる多摩地域で生産されている。

地産地消の食べ物っていきいきしたエネルギーをもらえる感じがしてうれしいし、これはなによりもとっても美味しい♪

 

この味も、おだやかでやさしい。

なんとなく びだくおん につうじるな〜、と、そして ひらがな もそうだな〜、といまふとおもう。

 

(そういえば、うちは三人姉妹がいるけれど、父はみんなの名前を ひらがな でつけた。

誰にでも読みやすいのがいいのと、やわらかい感じがするのが好きだから、と聞いた気がする。

読みやすいのは確かによかったな〜。やわらかい感じ、どうだろう、そうなってたらいいけど。)

 

 

 

三浦祐太朗さん

 

百恵ちゃん

 

 

 

 

 

明けがたの思い出


今朝、夜明け前に目が覚めて、実家で飼っていた猫のピーちゃんのことを思い出した。


連れ去られていなくなり、家族で、探しまわっていた時のことを。



姉と一緒に張り紙をつくって、近所中に貼ってまわり、時間があいたら、あちこちの公園など探しに行った。


その時の、悲しさ。

ひどい目にあってるんじゃないか、四六時中気がかりで、胸が苦しかった。


その気持ちを、また味わっていた。



可愛くてとっかえひっかえ首輪をつけて、本人も鈴を鳴らすのを気にいっていたのだけど、首輪だけが歩道の横の植えこみの上に置いてあったのを見て、首輪をつかまれて捕まってしまったのではないか、と胸が苦しくなった。


2ヶ月もいなかっただろうか。あきらめられるわけはなく、ただ悲しさと気がかり、そして守ってあげられなかった後悔、が慢性化していたころ、ピーちゃんは自力で帰ってきた。


ひどく痩せて、尻尾は折れ、毛ははげてタバコを押しつけられたような火傷のような傷があちこちにあった。

目は泣きはらしたように腫れ、声はガラガラで、ほとんど出なくなっていて。


そんなピーちゃんは、明け方、両親の寝室の窓辺にあらわれたのだった。よく帰ってきたね、と抱いてみんなで泣いた。


ピーちゃんは、それからおよそ17年間一緒に暮らし、いなくなった。

年をとり、もう家から出ることもなくなっていた。死に場所を探して出ていったんだろう。そんな予感を抱きつつ、両親はずいぶんと探したらしい。

『ぴーちゃん』

 http://chie909.jugem.jp/?eid=705



連れ去り事件が終わったあと、しばらくたって声も目も毛並みもすっかりきれいになった。尻尾の折れた形はそのまま残ったけれど。

元気に、ひょうきんに、猫らしく。

イキイキとした時間をくれた。

もう、あの苦しい時間を思い出すこともほとんどなく。(もう首輪をつけることはなかった。わたしたちが。本人はどう感じてたかは分からない。)

『うちの猫』

http://chie909.jugem.jp/?eid=157 



どうして、今思い出したのかなぁ。


つい最近、両親との関係、とくに父との関係をみつめなおしていたからかもしれない。父とピーちゃんはすごく仲がよかったから。

『ひさしぶりに』

http://chie909.jugem.jp/?eid=370



ある時味わったとてもつよい感情は、きっと生きてるかぎり、すっかりなくなってしまうことはないのだろう。


もう意識をすることはなくても、細胞のなかに溶けこんで、人をやさしくさせたり、ときには怖れや悲しみをにじませたり、する。


その感情を知ること。

居場所を作ってあげること。


問いただすことなく、ただとなりに寄りそい、感じてたことを受けとめる。


そうすると、ただむやみにふりまわされるのではなく、穏やかに共存することができるんだ、と思った。

受けとめ居場所をもつことで、癒されることもあるし、すぐに癒されなくても、はじめとは少しずつ姿をかえていく。


たとえば、それが怖れや悲しみだとしても、そのために望みを放棄することなく、共存しながら、一歩一歩、あたらしいアプローチで、未来へと踏みだすこともできると思う。



*****


夢から覚めた時につよい感情を味わったときの対処法。

昨日ツィッターでシェアされていて、いいなと思ってたので試してみた。

よかったですよ。


わたしがいつもしているフォーカシングと似ている。このワークのしくみは、ほんらい人に備わっている力なんだと思う。


覚書もかねて、ここにもリンクしますね。


『ほんとうの名前を口にする』

http://premamft.exblog.jp/amp/28157876/ 





『love』

 

最近のお気にいりの曲。

 

 

うっすらと泣きながら微笑んでいるような声とメロディー

 

やわらかくて深みがあって。

 

そしてまたこのビデオクリップがすごくいい♪

 

 

 

 

水星が逆行になるうごきとあわせるように、わたしのなかでもなにかがグルグルと向きをかえた。

 

ぐわーと波にのまれた。

気持ちも現実もごたついて。

 

表向きにはふつうに生活してる(たぶん 笑)けど、深いところではちがうところを漂っている感じだった。

 

いま浮上してきた感じ。

そして水のなかから顔をだしたら、くるりと何かが変わってる。

変わった、ような、さらに軽くなったような。

 

 

もうすぐ皆既日蝕もあるし、8月の魔法はまだつづく。

 

 

 

『These words』

2才の姪っ子は、元気がよくて『となりのトトロ』のメイちゃんを思わせる。

思いきり、笑って、泣いて。

 

クマノミの水着をきて(#^.^#) 海で遊んでいるところ

 

 

 

 

まだうまく伝えられない言葉もあるけれど、今やりたいことを思いっきり主張して。


気持ちをすっごく素直にあらわす。

(腹式呼吸でお腹の底から声をだすのがすごいおかしくて可愛い 笑)

 

そんな彼女と遊んで、わたしの胸のなかでいま流れているのはこの歌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタツムリのアップリケのTシャツ(ハンナハンナ)をプレゼントしたときのエピソード

 

 

夢の子猫があらわれた


おとといの夜、夢に猫がでてきた。


細かいシチュエーションは憶えてないけど、ある家の中に、わたしは妹か女ともだちと一緒にいて、出口を探してる。


ウロウロしながら入った、となりの部屋で猫が寝ていた。


猫がぱっかーんと体を開いていて、そのリラックスした姿がおかしくてクスクス笑う。


わたしたちがなぜ出口を探しているかというと、つぎの家に引っ越すため、みたい。


なかなか出口が見つからない。。。


けれどあせってるわけでもない。

そんな夢。



そして、昨日の、現実の夜、子猫たちが遊んでいるのを見かけた。

暗がりからジッとわたしを見ていた。

警戒されてる!

ちっちゃくて可愛い♪

なんにもしないよ。




とそこで、前日の猫の夢を思いだす。


つぎのステージ(新しい家)にいこうとしてる気持ちと、まだなじんだ場所でリラックスして遊んでいたい気持ちと。

そんな時なんだろな、と思った。


あっ、子猫じゃなくてわたしがね。



夏バテで鬼の洗濯岩

最近は夏バテなのか、めずらしいことに食欲がそんなにない。


ぜんぜん食べられないわけじゃなくて、いつもより食べたくならないだけだけど。。

(ぜんぜん食べられないってほとんどない(°▽°)



このまえのフォーカシングでは、いくつかイメージがでてきたけれど、おもしろかったのは、わたしの体の中がうす暗くて、それを感じてたら「あっ、いま省エネモードなんだ!」とひらめいたこと。


どうりで最近は、なんとくおとなしい(自己申告)気が。

あせらず、することを順番にこなしながら、ゆったり過ごそ、っと。



こんなときは海をイメージする。


大好きな宮崎の日南海岸♪

これは、鬼の洗濯岩と青島神社






妄想 宇宙大学院

思えば、いまのわたしは学生みたい。



それも、インターンしつつの研究レポートにおわれている大学院生。(大それたことをしているワケではまだないけれども。そして、大学院に通ったことはないから、たんにそんな気分、というたとえなのです、ご容赦をね(*^ω^*)



望むほうに素直にいって、手を伸ばして、応えてくる流れにのっていったらこうなっていた。


頭でアレコレ考えるときには、いいのかしらなども思うけど、カラダと心はこれでいいのだと言っている。



たいへんだー、ひー(゚o゚;;

と言いつつ、どれもものすごくおもしろくてやりがいもすごーく感じてる。




こんな妄想がおもしろいので、ついでにノリで、わたしの専攻はなんだろぅと想像してみる♪



うーん。。。( ˙-˙ ).。oO





宇宙大学院、占星学部の、宇宙レコード司書科、ってところかな。


太陽系をメインにして、宇宙に存在するエネルギー(これが図書棚にはいってる)が地上でどう使われたか、調査する。


あと、宇宙に存在するエネルギーをさらに深く引きだして、地上で創造的に使うためのお手伝いをする、地球相談窓口担当。


宇宙図書館に親しんでもらえるように広報活動もする。



…のような。(^^)



しばらくなりきって楽しめそうです。




真っ白なスクリーン


部屋のようすは、心のようすとつながっている。


あらためてそれを感じた出来事。



数日まえから、だんだん部屋がごちゃごちゃしてきていた。

腕の肌が腫れているので、片づけるのがしんどくもなっていて。


今日は、頭もカラダもスッキリ軽い。

ちょっとモノをうごかしたついでから、サクサクと片づけられた。


その上、なんとなーく、こうしよう、と思うままにちょっとした模様替えまでした。


1ヶ月ほど前に、必要があって買ったけれど、結局つかわなかった、大きめのホワイトボード、ちょうどいい場所におさまった♪


お気に入りの絵葉書など貼る。

思いついた言葉を描いてみる。

なんだかとても楽しめるスペースになった!



そして、いま、ピカピカでつるりとした真っ白のホワイトボードを見つめつつ、「これはどこかで見たぞぅ」と心がモゾモゾした。







あー、思いだした!

これは、4月のフォーカシングでわたしの内側にあらわれた、輝く真っ白のスクリーンではないか!(私の中のおサルさんhttp://chie909.jugem.jp/?eid=768


買った時にはそんなこと少しも思いださなかったけれど。。


そして、使い道がなくなった時も、なんだか不思議なくらいムダにしちゃった感がなく、これはわたしに必要なの、となんとなく思っていた。



昨日(もう一昨日かな)心が揺れて古い記憶や妄想的不安がデトックスされた。

そしたら、あたらしいわたしと再会した気がした。(http://chie909.jugem.jp/?eid=778



そのわたしはさらに自由でクリエイティブで遊びたいのだ。ホワイトボードは、そんな、あたらしいわたしのための準備だったんだなー。


心のスクリーンに気がついたのは4月。

5月にはボードを手に入れていたけど、わたし自身の意識が変容するまで、待っていた、んだろうね。


と気づいたのがおもしろくて、もう眠りたいのに目が冴えて、こうして日記を書く 笑。


記録しとくとまたあとで何かを見つけられるかもしれないし。



ホワイトボード。

まっさらに白く、輝くキャンパスのよう。

そこに何を描こうかとワクワクする心。

創造性がでてきたがっている。

これからのわたしをあらわしている。


選ぶ持ち物は、その時の生き方の象徴でもあるね。